【旧書回想】
週刊新潮に寄稿した
2020年5月前期の書評から
樋田 毅『最後の社主~朝日新聞が秘封した「御影の令嬢」へのレクイエム』
講談社 1980円
今年3月3日、朝日新聞創業者の孫で、社主の村山美知子氏が亡くなった。享年99。生前、非上場である朝日新聞社株の36・4%を保有していた。本書は7年にわたって彼女に仕えた元記者の回想録だ。読みどころはやはり創業家と会社側の対立の内幕である。社主が「君臨すれども統治せず」の立場に追いやられた背景。体面と体裁に汲々とする経営陣の実態。「社会の公器」の裏面史でもある。(2020.03.26発行)
佐藤友亮『身体的生活~医師が教える身体感覚の高め方』
晶文社 1760円
「人生で過ごす時間の充実にこそ価値がある」と医師で大学准教授の著者は言う。身体の能力を発揮することで、内面を充実させて生きるにはどうしたらいいかを考察したのが本書だ。中でも興味深いのが、充実感が生み出されるときの法則。行動の対象に深く没入した状態を「フロー」と呼ぶが、そこにあるのは心身の一体感であり統一感だ。ならば、フローを妨げるものをどう取り除いていくのか?(2020.03.30発行)
堂場舜一『空の声』
文藝春秋 1870円
NHKにはスポーツ中継で名を遺したアナウンサーたちがいる。たとえばベルリン・オリンピックの女子200メートル平泳ぎ、「前畑がんばれ」の河西三省だ。そして昭和14年1月、69連勝中の双葉山に土がついた取り組みで、「双葉山敗れる!」を連呼した和田信賢である。本書はヘルシンキ・オリンピック中継の帰途、40歳で客死した和田の伝記小説。説明ではなく、描写に命を懸けた男の肖像だ。(2020.04.10発行)
松岡ひでたか『小津安二郎の俳句』
河出書房新社 2640円
著者は僧侶にして俳句研究家。小津の日記に残された句を鑑賞しつつ、監督そして私人としての軌跡をたどっていく。句の初登場は昭和8年。岡田嘉子主演『東京の女』などが公開された年だ。「一人身の心安さよ年の暮」の句を、著者は「凡作の域を出ない」と手厳しい。一方、翌年の「藤咲くや屋根に石おく飛騨の宿」は、「この句はすぐれている」と高評価。句作は晩年近くまで続けられた。(2020.03.30発行)
宇都宮直子『三國連太郎、彷徨う魂へ』
文藝春秋 1760円
俳優・三國連太郎が亡くなったのは7年前の4月だ。90歳だった。代表作『飢餓海峡』から『釣りバカ日誌』シリーズまで、世代によって思い浮かべる作品は異なるだろう。しかし三國の魂は常に変わらない。「納得できる芝居をしたい」、それに尽きるのだ。役者である自分自身を「何より、誰より、強烈に愛していた」三國。優れた聞き手を得たことで、虚も実も含む役者人生の深層が見えてくる。(2020.04.10発行)
村井康司『ページをめくるとジャズが聞こえる』
シンコーミュージック・エンタテイメント 2200円
本が好きで、同時にジャズも好きな人には至福の一冊。著者は学生時代にビッグバンドを経験したジャズ評論家だ。本書ではまず小説やエッセイに登場するジャズが語られる。冒頭が村上春樹『風の歌を聴け』だ。続いてフィッツジェラルド、ケルアック、佐藤泰志などの作品が並ぶ。さらに同業のジャズ評論家やジャズ・ミュージシャンの著作についても論評していく。曲の総数は何と462曲だ。(2020.04.10発行)