内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

遙かなる祖国 ― ショパン、マズルカ Op. 50-3

2013-11-17 01:54:00 | 私の好きな曲

 ショパンの墓は、パリ20区のペール・ラシェーズ墓地にある。最近は訪れることもなくなったが、以前比較的近くに住んでいた時には、天気の良い日曜の午後などに散歩がてらアパルトマンから墓地まで歩いて行った。この墓地は、著名な詩人、作家、歌手、作曲家、政治家、歴史家、哲学者などが多数眠っていることで有名だが、ショパンの墓は一際目立つ。いつも新しく供えられた多数の綺麗な花束で覆われているからだ。それだけショパンの音楽が人々から深く愛されているということだろう。祖国ポーランドへの望郷の念を強く懐きながら、1849年パリで39歳の生涯を閉じたショパンの遺言に従って、彼の心臓は葬儀の前に取り出され、後日祖国へと持ち帰られた。
 マズルカは、ショパンの祖国の民族舞曲。その語源は、マズルカ発祥の地である風光明媚なマゾヴィア地方に由来するという。ショパン作品の全カテゴリー中、曲数が最も多く、そのほとんどは、演奏時間が5分以内の小規模なものだが、曲想は非常にバラエティーに富んでいる。まるで日記を綴るように、気軽に譜面に書き留めた結果出来上がったものが多く、作曲時のショパンの心境が率直に現れているとも言われている。
 今日の記事のタイトルに挙げた曲だけが特に好きだというわけではない。マズルカを聴くときは、アシュケナージの演奏でまとめて聴くことが多い。作品50の3を特に挙げたのは、レオン・フライシャーのアルバム『Two Hands』(2004)に収録されているから。フライシャーは、十代から天才ピアニストとして活躍していたが、神経障害ジストニアのため右手が使えなくなり、1965年、37歳の若さで第一線から退くことを余儀なくされる。以後は左手のピアニストとして、あるいは指揮者、教育者としての活動を行ってきたが、最新医学による治療のおかげで、35年以上のブランクを経て再び両手による演奏が可能となり、このアルバムが生まれた。最初の二曲はバッハ。第一曲目「主よ、人の望みの喜びよ」では、再び両手で弾けるようになった喜びをかみしめつつ、神に感謝を捧げるかのよう。第二曲目「羊は安からに草をはみ」は、曲名の与えるイメージが、たとえそれを知らなかったとしても自ずと浮かんでくるような穏やかな愉悦性に満たされた演奏。その後、スカルラッティ一曲、ショパン二曲、ドビュッシー「月の光」と続き、最後がシューベルトのピアノ・ソナタ第21番変ロ長調 D.960。これは滋味溢れる名演だと思う。