内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

超克し難き人間の有限性と罪業 ― 家永史学の根源的動機

2013-11-28 05:49:00 | 講義の余白から

 今日(27日水曜日)のイナルコの講義は、昨日述べたように思想史家としての家永三郎がテーマ。昨日の記事に示したプランにほぼ忠実に講義を展開することができた。だが、今日はそれだけではなかった。三木清をテーマにしたときもそうだったのだが、私自身が知的関心からだけでなく、少なからぬ感情移入を込めて話すときは、学生たちの集中度が違うのである。今日の講義は、自分で本当にやってよかったと思えるという意味で、個人的には記念すべき講義だった。
 家永三郎は私が最も尊敬する思想史家の一人である。日本人の中でという限定さえつける必要がない。そして家永においては思想史家と思想家とは不可分であることは、8月17日の記事で引用した『田辺元の思想史的研究』の序に決然と明言されている。それは私が模範として仰ぐ学問的姿勢でもある。今日も、だから、家永の生涯を話題にした導入部分で、彼が一個の思想史家・思想家として表現の自由のために国家権力に立ち向かう勇気に触れるところでは、どうしても普段以上に感情が昂ぶり、それが言葉遣いにも現れ、声にも力が入る。やはりそれが伝わるのだろう、学生たちは全員本当に真剣に耳を傾けてくれた。
 その家永の学問の出発点において出版された最初の著作『日本思想史における否定の論理の発達』の「緒言」の原文のコピーを学生たちに与え、「自分が史を繙く毎に最も強く心を惹かれたのは何よりも先ず、超克し難き人間の有限性と罪業とに対する古人の苦悩の声であった。おのれの体験を通じで常にこのことを人一倍深く自省せざるを得ない身の上にある筆者は、古人の同じ苦しみを他人ごととして看過することが出来なかったのである」という一文の仏訳を読んでから、この一文が書かれた1940年という日本の時代状況を喚起し、その中でそれから60年余りの長きにわたって持続する学問的探究の初発の意志が当時27歳の若き学徒によっていかに宣言されたのかに学生たちの注意を促す。
 真の学問のはじまりは、単なる知的興味ではありえない。それは「人間にとって最も重要な、最も本質的な実践的関心」(同「緒言」より)からでなければならない。何一つ業績として人に誇れるような仕事はしていないつまらない人間にすぎないこの私も、少なくともこの一点において、日本近現代思想史において不世出のこの碩学の志を受け継ごうとする者たちの末席にその名を連ねることを許される者でありたい。