ある一人の人のために、しばらく朗読を続けていたことがある。毎晩寝る前にベッドの中で読んであげた。読んだ作品は、夏目漱石、森鴎外、宮澤賢治、太宰治、藤沢周平など、どれも定番的な名作ばかり。エッセイや書簡集を読んだこともあった。いつも真剣に聴いてくれて、時には作品に感動して涙を流していることもあった。朗読はするのも聴くのも私は好きなのだが、いつも私ばかり読んでいたので、たまには読んでよと頼んで読んでもらったことがあるが、続かなかった。それは私が悪いのである。せっかく読んでくれているのに、二、三頁も聞いていると、すやすやと寝てしまうからである。まるで子供を寝かしつけるための読み聞かせみたいで張り合いがないと読んでくれなくなった。当然である。
この二人だけの深夜の朗読タイムをまるでラジオ番組みたいに雰囲気を出そうと、その人がオープニングはこれがいいと選んだ曲がある。それが今日の記事のタイトルにある曲である。エドワード・マクダウェル(1861-1908)はアメリカを代表するロマン主義音楽の作曲家で、自身ピアニストでもあった。「野ばらに寄す」は、十曲からなる組曲風のピアノ作品集『森のスケッチ』の第一曲。演奏時間わずか二分あまりの小曲だが、なんとも可憐で郷愁を誘う素朴なメロディー。聴いていて愛おしくなる。二人で聴いていたのは、ジョセフ・クーパーの演奏。ゆったりとしたテンポで、一音一音に情感がこもったとてもいい演奏。深夜聴くのにふさわしかった。
因みに、エンディングテーマは私が選んだ。クラウディオ・アラウ演奏ベートベンピアノ・ソナタ第八番「悲愴」第二楽章アダージョ・カンタービレ。