内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

性急な比較論に走るよりも地道な読解作業を ― ジルベール・シモンドンを読む(10)

2016-02-26 19:05:33 | 哲学

 昨日の記事の最後で、シモンドンの「トランスデュクシオン」と西田の「自覚的限定」との接点について、一言ちらりと仄めかした。
 しかし、そうした後で、性急な比較論は、比較される対象を歪曲し、無益な誤解をもたらすという、不毛どころか有害でさえある結果に終わるだけのことが多いから、いくらブログの記事とはいえ、あまりにも軽率な物言いは厳にこれを慎まないといけないだろうと殊勝にも反省した。
 西田については、この十六年間、仏語での博士論文の他にも日仏語で十数の論文を書いていくらかは研究してきたと言うことができるが、シモンドンについては、十数年前からときどき拾い読みしてきた程度にとどまり、まともに取り組んだことはない。
 それに、何かはっきりと限定された問題について論ずるために必要な箇所を選択的に読むというのとも違う。シモンドンが言うところの「個体化」(« individuation »)についての基本理解を深めたいという単純な願いが今回の長期連載のそもそもの目的であった。
 その初心に立ち返って、シモンドンのテキストそのものを少しずつ読んでいこう。とはいえ、第一の主著である L’individuation à la lumière de forme et d’information (以下、慣用にしたがって、ILFIと略記する)一つとっても、Jérôme Millon 社から2005年に刊行された最新版は五百頁を優に超え、しかも本文はすべて小さなポイントで組まれた途方もない大著であるから、ブログの記事に引用するのは、そのごく一部に限られる。しかも、同書を「客観的に」紹介することが目的ではないので、「個体化とはどういうことか」という問いに直接関わる箇所にさしあたり限られれる。