昨日取り上げた丸谷才一の『新々百人一首』に先立つこと約二十年、塚本邦雄は、小倉百人一首の百人の歌人はそのまま踏襲し、それらの歌人たちのより優れた歌を選び直し、それぞれの歌に評釈を付し、同歌人の類縁歌及び参考となる歌も挙げて評釈した『新撰小倉百人一首』を一九八〇年に文藝春秋社から刊行している。二〇一六年に講談社文芸文庫の一冊として再刊されている。
藤原興風の秀歌として次の一首を挙げている。夏の歌として、斬新、清冽、流麗。
夏の月光をしまず照るときは流るる水にかげろうふぞたつ
「光をしまず」なる第二句は、語勢ほとばしるかに、思ひきつた表現で、春月、秋月、あるいは寒月と、おのづから異なる月光を、的確に現してゐる。たぎち流れる川の水面が千千に亂れて月光を返し、水泡も亦白くきらめき、けぶり立ち、春の野の陽炎、夏眞晝の水陽炎を思はせる。水の上に月陽炎立つ夏の夜の歌とは、けだし二十一集中にも、その例は多くあるまい。自然描寫、景色の眺め方が、いはゆる「月次屏風」の繪のやうに固定しつつある時代に、繪筆には恐らく冩し得ぬ光景、作者の目にだけ映ずる幻想的な世界を、簡潔に再現したこの言葉の力は、評價し直されてしかるべきだらう。夜の水の歌については紀貫之の作にも近似した手法が無くもないが、夏の月は珍しからう。