内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

哲学の脱中心化から、多中心的で地方色豊かな哲学の起動へ

2023-07-23 16:38:30 | 哲学

 今朝、思いがけず、カナダ・ケベック州にあるラヴァル大学からシンポジウムへの招待メールが届いた。講演者の一人として参加してほしいという。シンポジウムは10月5日から7日まで、講演者は私を含めて8名、それに16名の発表者が一般公募される予定である。
 シンポジウムのタイトルは « Provincialiser la philosophie » となっている。直訳すれば、「哲学を地方化する」あるいは「哲学を地方色豊かなものにする」となるが、これだけでは何が主題なのかよくわからない。添付されたポスターの趣旨説明によると、これまでヨーロッパに独占され、そこを中心として構築されてきた哲学を、脱中心化するための多様な視点を〈非ヨーロッパ〉から提示することがその眼目のようである。〈非ヨーロッパ〉のなかには、東洋にかぎらず、アフリカ、建国初期の北アメリカ諸国も含まれている。
 「西洋」と「東洋」とを対比・対立・対決させるという、それ自体がヨーロッパ中心主義な枠組みの脱構築は言うまでもなく、ポスト・コロニアリズムというすでに常套化したパースペクティヴの相対化をも視野に入れ、哲学を単に脱中心化するのではなく、多中心的でトランスナショナルな動態としての哲学の起動を目指そうという野心的な企画である。
 「世界哲学」などという、この上なく大風呂敷で、実のところはセカイの哲学のコクサイ見本市に過ぎず、とどのつまりは非ヨーロッパ在住の「名誉白人」たち(本人たちは無自覚かも知れないが)による欧米哲学主導的なお祭り騒ぎとは明らかに一線を画している。
 私にお声が掛かったのは、招待メールによると、現象学と日本の哲学という私の「ハイブリッド」な研究領域(メールには double spécialisation という表現が使われていた)がシンポジウムの趣旨に相応しいということのようである。光栄なことである。喜んで参加するとの返事を送った。