
信号待ちで、ボクはフロントガラスを上下するクルマのワイパーを見つめていた。信号が変わるとクルマは小さなしぶきをあげて走り去っていった。
音もなく降りそぼる雨に、肩をすぼめてボクは歩いた。
歩道の白い線を踏みながら歩き、ボクは激しく何かにぶつかった。体制を立てなおして振り返ると、赤いランプが点滅するパーキングメーターだった。
止められたクルマのサイドガラスに顔を映してみた。雨のしずくがガラスをつたい、やがてボクの涙になった。
これは一体誰のことなのか。
透過率の低いスモークガラスに映る奇妙な男が喘ぐような口でそうつぶやく。
古い公営住宅の壁にはりついたシミに降り注ぐ小糠雨。
ボクは雨に濡れながら、それに見入った。
ひと気のない公園の前で立ち止まってみた。
錆びた遊具が風に揺れていた。
冷えきった躰を押して歩くと、喫茶店があらわれた。
「コーヒーショップ 杉」。
雨で濡れたコートを脱いで、ボクは店に入った。
軽快な音楽が流れてきた。
その瞬間から、ボクの耳に音が復活した。
「いらっしゃい」。
お店のおばさんの声で、言葉を取り戻した。
「ホットコーヒーとミックスサンド」。
温かなコーヒーで、ボクは温もりを取り戻した。
きれいに揃えられたミックスサンドを見て、ボクの色彩は鮮やかに動きだした。
モノトーンの静寂に、冷えきった躰を温めてくれたのは、一軒の喫茶店だった。
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