新馬場には気安く飲める酒場はなく、「入ってみようかな」と思う酒場も、店の前まで行くと、気持ちが萎えてしまう。結局、何も食べずに地元の駅まで来てしまった。はじめは、南口の繁盛店、「新潟屋」に入ろうとしたが、見たところ、店が混みあっていたのでやめた。そこから、ボクの迷走が始まった。
東十条の北口、東十条銀座に移動し、酒場を探す。「養老乃瀧」。いや~、ちょっとやだなぁ。そうだ。この際だから、普段通り過ぎる店に行ってみようか。「わたるべ」とか「大ちゃん」とか。
う~ん。でもちょっといまいち食指が伸びない。この際だから、ちょっと探検してみようか。
そう思って、ボクは自転車で北上した。
環七のガードをくぐると、辺りは完全に住宅街。さて、困ったなと思いながら、先に進むと、やがて赤提灯が見えてきた。
♪闇の中、ぽつんと光る赤提灯♪
まるで「15の夜」みたいなシチュエーションで見えてきたのが、「よりみち」だった。一度か二度、店の前を通ったことがある。時代から取り残されたような古典酒場。経年劣化でくすんだテントには、店舗名よりも大きく、清酒の名称がどーんと書かれている。濃紺の暖簾と磨りガラス。すごい存在感。思わず、店の前で立ち尽くしてしまう。
今入らなければ、いつ入るか。そんな自問を繰り返し、ボクは店舗のよこに自転車をつけ、店に入った。
見事なまでのコの字カウンター。その中に佇む美人女将。その光景を見て、ピンときた。随分前に類さんが訪問してたな。ボクは右奥の椅子に陣取った。
普段なら、ポジショニングする前に、あらゆるアンテナを駆使して、情報を収集し、何を飲むか、何を食べるべきかを判断するのだが、この店は余りにも情報が少なかった。
仕方ない。妥当なところで様子を窺うしかない。
「瓶ビールください」。
すると、女将は、優しい笑顔で、「あの冷蔵庫からとってください」と言った。間口にある、横置きの冷蔵庫。ボクは椅子から立ち上がって瓶ビールを取りに行った。
客自ら、ビールを取るルールの店はたまにある。門前仲町の今はなき立ち飲み、「和一」。田町の森永ビルの地下、そば屋系立ち飲みの「まるちょう」。そうそう、注目のおしゃれコの字カウンター、代々木公園の「ウエトミ」も自身で飲み物を取りに行く。
さて、ビールをとって、自分でそそぎ、一口飲むと、ようやく一息ついた。あぁ、待望の酒である。
コの字カウンターに座る客はボクを除いて5人。その誰もが常連のようだった。妙齢の女性2人組、毎日夜な夜な現れそうなおしゃべりの男性。カープの會澤翼に似たやや若い男性と、ちょっとやくざな感じの男性が談笑している。みんな知り合いのはずだが、付かず離れずに座っている。
さて、つまみだ。
背後にあるメニューの短冊を眺める。つまみの種類は少ない。「かぼちゃ煮」、「目刺」、「にこごり」といった田舎のおばあちゃんチに行ったような一品が並ぶ。正直なところ、腹にたまるものが欲しかった。
その中から、ボクは「かぼちゃ煮」を選んだ。それはまさしく、お袋の味だった。
店の通奏低音は和やかな優しさだ。それは、店の女将の人柄そのものだろう。店の空気は人柄が表れる。それに客たちが呼応するのだ。だから、客もその空気を愛する人しか呼ばれないのである。
静かな時間である。メニューは少ないけど、酒もビールと清酒しかないけど、それで十分じゃないか。
やがて、カウンターに軽業の飛び入りが現れた。店の奥から、一匹の猫ちゃんが突如出てきたのだ。かわいらしい猫ちゃんに、ボクはまた癒された。こんな寄り道なら、毎晩でも楽しいな。嫌なことがあったら、また寄り道してみることにしよう。
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