
地味である。数百m北にある「ラパン」に比べれば、極めて地味である。ともすれば、店の存在に気づかず、通り過ごしてしまうほど、この喫茶店は風景に同化している。
喫茶店「あずみ野」。
初めて、この店に入った時のことを、ボクは強烈に覚えている。
カレーを食べようと店に入り、若いマスターに、「カレー」と告げると、小栗旬に似たイケメンのマスターは、開口一番「え~っ!」と大きな声で叫び、体をのけぞらせた。更に一言、「カレーですか?」とボクに尋ねる。
変な空気が流れた。
「おかしなこと、言ったかな」。
ボクが、発したのは、たった一言。
「カレー」だけである。
だが、マスターはいぶかしむような顔で質問をしてきた。
「表のメニュー表に書いてありましたっけ?」
この喫茶店にカレーはないのか?だから、ボクは、「あっ、てっきりカレーがあるものだと思って、注文しちゃいました。違うもの頼みます」。
すると、小栗旬は、「いえ、カレーは金曜日だけのメニューなんです」。
なるほど、そういうことか。
「知らなかったので、すみません」。
ボクは、そう言って、違うものを頼もうとメニューを目を落とした。
すると、小栗は、こう言った。
「まかない用のカレーがありますが、それでよろしければ、ご用意いたします」。
ボクに断る理由などない。しかも、レギュラーメニューではなく、まかないものを食べられる機会など、そうそうあるものでもない。
「是非!」とボクは力強くお願いした。
そうして、テーブルに運ばれてきた、まかないカレーは豊富なたまねぎが特徴の飴色をしたカレーだった。
香りたつ湯気にボクはクラクラし、眼前のカレーに期待した。
あっという間だった。
カレーをきれいさっぱり平らげてしまうまで。
それほど、うまかったのである。
食べられないと思っていたのが、食べられたという幸福感も作用したからだろう。けれど、それを差し引いても抜群のうまさだった。
何よりも、マスターの優しさが絶妙な調味料だった。
厨房は若いマスター。オーダーは、マスターの母上とおぼしきお母さんがご担当。もしかすると、創業のマスターから息子さんに代替わりしたのかもしれない。
店内はさりげなく絵が飾られ、お店を飾る。派手さがないところが落ち着く。猫が好きなのか、ところどころに猫の装飾がある。猫好きの喫茶店は、意外に多い。
装飾が主張していないのがいい。
コーヒーが引き立つのである。
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