「仕事のアドバイスをいただきたい」とO坪さんから連絡をいただき、渋谷に向かった。恐らくたいした仕事ではないことは分かってたし、時間の無駄だとも思ったが、とにかく行ってみることにした。
ただ、気を許しちゃいけないなと、そう思った。
O坪さんと初めて会った時から、この人には気をつけようと思っていた。とある会合でO坪さんから「30分話してくれないか」と初対面で依頼され、無料で業界の話しをした。講演という立派なものではないが、仕事の時間を割いて出かけた訳だから、本来は金銭が発生する。ただ、業界の常識としては見返りがあるはずで、それは大体バーターで解決される。その会の後に催された懇親会に誘われたから、てっきり無料で招いてくれると思っていたが、しっかり5,000円の会費をとられ、唖然とした。
昨年も同じようなことがあった。この人は他人を利用するのが上手いのだろう。今回も「アドバイス」と言いながら、資金とマンパワーを求めてくるかもしれない。
それでも雨風強いこの日、わざわざ時間と電車賃を使って渋谷に向かったのは何故か。
齢70を超え、喋る時に決まって鼻くそをほじるこの人物は、みてくれからは判断できない繊細な文章を書く。有名な文学賞の最終選考まで残ったと豪語する通り、その作品には文章力、物語の構成力ともに、ぐいぐいと惹きつける魅力があった。不思議な人物なのである。
調布から来られる老人に、まさか王子まで来てとは言えず、渋谷で待ち合わせすることにした。外は雨風が強く、はじめはヒカリエの中で喫茶店を探したが、適当な店がなく、我々は外に出た。
O坪さんが、「東邦生命ビルの喫茶店に行こう」と言い出し、そこへ向かった。
東邦生命ビルは古い名称で、今やもう渋谷クロスタワーに名前を変えている。尾崎豊の聖地としても名高い。自分も18歳から19歳の頃、このビルによく通った。
「ここから見える夕陽がきれいなんだ」。
あれは確か、落合昇平「未成年のまんまで」に掲載された一文じゃなかったか。尾崎がメジャーシーンにあがると、このビルは急激に有名になる。
聖地という言葉がよく分からないが、面白半分の人も含めて、ひとつの地に集まるのは聖地ではなく、ただの観光なんだと思う。少なくとも神聖な場所ではない。成人してから東邦生命ビルに行くことはなかった。
だから今回、東邦生命ビルに行くのは35年ぶりになる。
ビル内にある、珈琲館は空いていた。そこで、我々は「ブレンドコーヒー」一杯で1時間もの時間、お喋りすることになるのだが、その話しは極めて内容のない議論に終始する。
のらりくらりと話しは核心に触れてこないので、熱意はなく、さして強力な企画に富んだものではなく、自分は相槌しか打たなかった。恐らく、この人に騙されてきた人は、「それはいい」と絶賛し、共同事業を持ちかけて出資させてきたのかもしれない。人と一緒に事業をしようなんて真っ平だ。
なかなか話しが進まず、途中で諦めたのか、話題は急に変わった。
韓国の国民的詩人、尹東柱の名前を出して「彼の日本での足跡を辿る動画を作ろうかな」。
と言いだした。
よく分からない男なのである。
話しの途中で、彼の携帯が鳴った。
O坪さんは仕切りに謝っている。
「すぐにお支払いしますから」。
どうやら未払いの電話らしい。
彼に心を許してはいけないのだ。
たかだかコーヒーだけなのだが、しっかり奢らされた。呼び出したのは、そっちだろと思いつつ、Suicaで支払った。
ほんの少しのことで「えっ、これくらいで金取るの?」って人は多いですね。
平時で他人のことならそう言える人でも、自分のことになると別人のように「これくらいのことで金取るの?」って言う。
人に助言できるようになるまでにどれだけ投資してきたかわかっていない。僕は親に「無料です」って書いてある自転車屋で空気を入れさせてもらっても、それを見なかったことにして一度は「おいくらですか?」、少なくとも「ありがとうございます」と言えと教えられて育ちました。
例えば医者に向かって、その資格を取るまでにどれだけの労力を費やしてきたかも考えずに「高所得者だから貧民より多く税金払え」とか。
乞食根性そのまんまであまり好きになれません(笑)。
品性は失いたくないものです。
>生き馬の目を抜くビジネス界ですね(笑)。... への返信
生き馬ほど、素早い動きはしないのですが、油断はならない人です。
お金についてさらりとした態度じゃないから、なんだか常に胡散臭いです。
横田めぐみさんを一刻も早く救出するとしょっちゅう口にしており、とにかく掴みどころのない人です。