わたしの足元に立つ老婆は、じっとこっちの様子をうかがっていた。窪んだ目の奥は悲壮な光を湛え、わたしの目を覗きこんでいる。すると彼女は右手を出し、口に運ぶジェスチャーを繰り返した。以前も、同じようは光景に出くわしたことがあった。あれはニューデリーだったか。やはり、年老いた女性がわたしに懇願した。
手を口に運ぶ仕草が何を示しているのか、わたしには分からなかった。食べ物か、それともお金か。ただ、いずれにせよ、何かを恵んでほしいと訴えていることは明らかだった。
インドの町並みでは、至るところでもの乞いを見た。これまで通ってきた国ではあまりもの乞いを見かけなかったから、彼らの姿は余計に目についた。インドでは貧困が、日常と隣り合わせにあった。
わたしは眼前に立ち尽くす老婆から目を反らし、再びベンチに横になった。つまり、無視を決め込んだのである。すると彼女は、わたしのすぐ近くに体を寄せ、同じジェスチャーを繰り返した。わたしは、煩わしくなった。
「Money?」
やや大きな声でわたしは尋ねた。しかし、その言葉を彼女は理解できなかった。わたしは、ウェストポーチから小銭を出し、老婆に見せた。すると、彼女は手を出し、それを受け取ろうとした。1ルピー硬貨が2枚。一杯のチャイが飲める金額だ。わたしにとって、決して無駄なお金ではない。その硬貨を老婆の掌に落とすと、やや間があって彼女は三度、例のジェスチャーをし始めた。
「2ルピーじゃ足りなかったのだろうか」。
それでも、そのお金はわたしにとっては貴重なものに変わりはない。文句があるなら返せとでも言いたかったのだが、その言葉を飲み込み、「チャロ」と言った。通じなかったのか、それともわたしの言葉を無視しているのか、老婆は一向に立ち去らない。わたしは面倒臭くなり、やや怒気を帯びた声で、同じ言葉を繰り返した。
すると彼女は、わたしの剣幕に驚き踵を返して、去って行った。
やれやれ、ようやく眠ることができる。そう思って目を閉じていると、またしても人の気配を感じた。まどろんだ目をうっすらと開けてみると、赤ん坊を抱えた女性がわたしを見下ろしていた。そして、またしても、例のジェスチャーをわたしに繰り返し、繰り返しするのだった。
親から代々とかだと、他の職業とかの選択もできないだろうから、ほんとカーストというのは理不尽以外の何物でもないなあと思うよ。
全く宗教というのは、時にこういった弊害を生むよねえ。最初の理念にはこんなことはなかったはずなのに、誰かが自己利益のために宗教を利用するんだろうなあ・・・。
インドともの乞いは切っても切り離せないね。ただバブルの余韻があった、あの当時の日本で貧困を考えることはできなかったよ。
ニューデリーではまともにみなかった、もの乞いだけど、次第に認知できるようになったのは、少しずつインドに慣れてきたといえるかも。
インドのもの乞いについては、これが序章だよ。