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東十条の南口改札を出ると、とっぷりとあたりは陽が暮れて、その暗さに少し戸惑いを感じてしまう。遠くには飛鳥山の影が見え、眼下にはJRの線路が向こうに伸びている。
右に坂を登っていけば十条。「田や」や「斎藤酒場」があり、左の坂を下れば、東十条の住宅街で、「新潟屋」か「埼玉屋」がある。
老舗の酒場が少なくないが、この東十条南口周辺にも酒場が数件軒を連ねている。
その場末感は地方のちょっとした酒場風景になんとなく似ている。哀愁が違うのだ。それは浮かれた感のある東京とは違う、本当の寂寥感である。東十条駅の西側にある酒場は切なさにも似た寂しさがある。
何の本で読んだか。
その酒場の本は十条地域は古典酒場のゴールデンゾーンと評した。確かにそれは間違いではない。だが、実際に十条を歩くとそれほど酒場がないし、そもそも酒場だけが密集したエリアがない。もちろん十条地域には東十条も含まれているのだろうが、どうせなら東十条を主語にした方がしっくりくる。それも南口界隈で。
このエリアの酒場にいずれ入ってやろうと思いながら、気が付けば6年が経とうとしている。そして、この日はなんとなく、本当になんとなく思い立ち、改札を出て、右に曲がった。
そして、陸橋を超えたところにある、以前から気になっていた「鉄平」の古い木戸を開けたのであった。
「意外に古いな」。
まずは、そう思わせる店である。
格子天井と鴨居の障子はまさに民家風の造りであり、カウンターに備えられた丸椅子はもう開店時から使用していると思しきぼろさだ。
厨房内と背後の壁にびっしりと貼られた短冊メニューはもちろん手書き。その短冊も茶色にすすけており、芸能人のサインも、壁も同じようにただれている。
やにと焼きものの油と煙だろう。
古風な造りの中で唯一そうでなかったのが、焼き台のカウンター側にあったセルロイドの覆い。煙や油がとぶのを防ぐものだと思うが、これは店内の風景に異彩を放っていた。
まずは「生ビール」から。
ビールはサッポロ。
そして「もつ煮込み」(380円)。店の外に風でそよぐ赤ちょうちんに「煮込み」とあるのは、よほどの自信作とみた。これはマストなオーダーであろう。
お店はおじちゃんとおばちゃんのタッグである。恐らく若いころから経営をしていたのだろう。それもこの土地で。確かに立地的に悪くない。駅前の好立地だ。だが、それよりも長いこと店を続けているのは、お客に愛されたからに他ならない。
焼きものもあれば刺身もある。
これ名店の極意なり。
そして「煮込み」。淡色系の味噌にたっぷりとねぎ。これは素晴らしい。昨夜の「だるま」と甲乙つけがたい。やや甘目なのは、このおじちゃんの好みからだろうか。
「緑茶ハイ」。
ホッピーは昨夜飲んでしまって、少々食傷気味。困ったときは「緑茶ハイ」である。
列車の汽笛が鳴った。
もしかすると、貨物列車かもしれない。
そうだ。ここは都内で指折りの電車撮影地である。
いわゆる「ひがじゅうカーブ」。全国の撮り鉄らが、日曜日の朝から線路沿いにずらりと並ぶ。今ならさしずめ、カシオペヤ狙いだろう。
この店「鉄平」はまさか鉄道に由来するものでもないのだろうが、鉄がつくと最近はつい反応してしまう。
最後に「野菜炒め」を頼んだ。もう、〆の体制に入ったのである。
それを食べているうちに、今度はご飯が欲しくなった。そこで「ご飯ありますか」と尋ねると、おばちゃんは「あるかな」と首をかしげて、お釜を見に行った。お釜の中を覗いて「あと一人分だね」と言い終わるのを待たずに、ボクはその最後のご飯を頼んだ。
だが、出された丼のご飯が残念だった。
おはぎのようにべちょべちょしていたからだ。まぁ、おこげは仕方ない。だが、この粒がすでに形をなしていないご飯はお客に出すレベルではないのではなかった。
ボクは半分ほど食べて気分が悪くなり残した。
そして、店を辞した。
地元の酒場だっただけに、失望感が残った。そして、ボクは家路についたのだった。
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