
浜松町の立ち飲みは「転び」が多い。
新橋から南下すると、港区役所本庁舎の近く、「都映(みやこうつし)」は看板にSTANDINGと書かれているのに、しっかりと席がある。
その150mほど、南に行って大門の鳥居の角、「ます家」も転びだ。オープンしたての頃、ここを訪れた際は、まだ立ち飲みだった。
そういえば、「ます家」から4軒隣に小さな酒場があった。「楓」という名の酒場は、昔わたしが浜松町で働いていた頃、よく通った店である。
いいお店だったが、小火を出してつぶれた。ビールと称して、発泡酒を出していたが、ある日わたしは我慢ならなくて、「これビールじゃないでしょ」と言うと,マスターは意地になって否定した。
次の機会に店に行くと、ビールは「モルツ」に変わっていたっけ。そうそう、この店によく来る常連の可愛い子と意気投合し、コンフェデレーションズ杯の決勝を観に行ったことも懐かしい思い出だ。
話しは逸れたが、「ます家」から西の一角に行くと、居酒屋が密集する場所がある。そこをくまなく歩いてみた。かつて、ここはよく通ったところ。
「食べログ」で検索すると「門吉」という立ち飲み屋がこの辺にあると書いてある。行ってみると、ものの見事に転んでいた。例の折りたたみ椅子が置いてある典型的な「転び」だった。
この一角にもう1軒、「ちゃい九炉」という店もあるらしく、行ってみたがどうも店内の様子が分からない。一見、ここも転びのように見えるため、この店は回避した。だが、噂によると1階が立ち飲みとの情報を最近聞いた。
その一角を抜けて、芝大門2丁目のエリアに出る。
懐かしい。わたしのかつての職場。そして、ここにわたしが生涯を通して初めて入った立ち飲み屋があった。「吟蔵」という名前の店だが、今はもうなく、安価なお蕎麦屋さんになっている。ちなみに「吟蔵」もすぐに転んだ店だった。浜松町は「転び」が多い。
「吟蔵」から西に第一京浜。そこを渡ると浜松町駅の金杉橋口へと続いていく。
その国道一号線を渡ると左手には立ち飲み屋「名酒センター」があるが、今夜は素通りして、今宵は都心の角打ち「玉川屋酒店」に向かう。
「転び」が多い、浜松町で、今も角打ちのスタイルを守る硬派な酒場だ。
以前からその存在は知っていたが、いささか敷居が高い。何度かチャレンジもしたが、結局入れずに断念した。
今夜は立ち飲みラリー山手線編。しっかりと立ち飲みのたすきを繋げなければいけない。
「玉川屋」に着いた。店内を覗くと、客は誰もいない。
入りづらい。極めて入りづらい。
角打ちが入りにくい理由はシステムが分からない点にあるだろう。店に入って、まずどのように振る舞えばいいのか、これが難しい。
そして、次の難点が常連客の多さである。角打ちの恐らくほとんどが常連で占められているのではないだろうか。
さて、客など誰もいない店内に侵入し、わたしは目を泳がせながら、周囲に注意を払い、お店のお姉さんに挨拶をした。
「こんばんは」。
そして、おもむろにテーブルに陣取って、店内を見渡した。なるほど、「生ビール」もあるのか。手作りのつまみも用意されている。浜松町界隈の角打ちといえば、「丸辰有澤酒店」。2008年の立ち飲みアワードを受賞した店だが、ここの手作りの酒肴もすばらしかった。どうやら、浜松町界隈の角打ちは酒肴にも一目おけるようである。
生ビールは280円。激安である。スタジアムにある紙コップと同じ容量のそれは、東京ドームで飲むとゆうに800円はとられる代物だ。
カウンターにはタッパーに入った「塩昆布キャベツ」。なんとこれが無料のサービス。おかわりはできないものの、この心配りが何とも嬉しい。これが同店の人気の秘密なのだろう。
恐ろしく顔色の悪いお姉さんに生ビールと「魚肉ソーセージ」(100円)をお願いした。ソーセージの金具を切り落とし、食べやすい形で出してくれる心配りにも感謝である。
酒肴はその日によって違うようだ。「モツの煮込み」などを出してくれる日もあるようだ。残念ながら、この訪問したときは用意されていなかった。
そうこうすると、客が少しずつ、店に入ってきた。都会の角打ちには大手の上場企業の社員が多い。この辺りならば、さしずめダイエーの東京本社か。
ともあれ、どんどん客が多くなって、とうとう店舗の隣にあるガレージにまで人が入り込んでいく。ものすごい店だ。
ビールをやっつけて「ハイボールニッカ」(230円)をいただく。客が多くなり、常連で店がいっぱいになると、どうも一人客は肩身が狭い。わたしは、その1杯を飲んで退散した。
女性客は皆無。100%ホワイトカラーのみ。ディープではある。だが、都会臭さがあって、それをやや打ち消している。だから、そんなに抵抗感はない。
この一角は古刹の讃岐稲荷神社があり、その先には今も船宿がいくつも残っている。
線路をまたげば、浜離宮。えどの香りを今も伝える。
恐らく今夜も大繁盛であろう。
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