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【「マトリカリヤ(夏白菊)」】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/8d/e6ceddcfd1143f962e2b4fa532f8c7bc.jpg)
【オーストラリアン・ブルーベル】
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0c/dd/39748aa52dffe5f65d6cfd0d0c8e48e2.png)
「今晩は一つだけにしておくわ、マリラ。 それからこれ、半分ダイアナに あげていいでしょう? そうしたら、後の半分は 倍も美味しくなるわ。 ダイアナにあげるものが 出来たと思うと、嬉しいわ」 「あの子のいい所は、 けちでないことですよ」 アンが自分の部屋へ行ってしまうと、 マリラが言った。 「嬉しいですね。 何がいやだっても、けちんぼの子供くらい、 いやなものはないですからね・・・」 【「赤毛のアン」第12章】 |
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雨は降らないものの、鬱陶しい天気が続きます。
それでも梅雨に入ってからこれまで湿度が高いと言っても、
せいぜい60%程度。
今日のように70%近くもあれば、
昨日と同じ位の気温でも、さすがに蒸して不快指数は上がります。
とは言え、湿度が少し下がれば今度はヒンヤリ。
何ともとらえどころのない気候です。
さて、写真は一日遅れの 「マトリカリヤ」 と
「オーストラリアン・ブルーベル」 です。
どちらもやっと開花したばかり。
写真、もう少し後で・・と思ったのですが、待ち切れなくて。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/55/d9/21a1fedfc0be68bffe8339806f3019ef.png)
昨日(5月29日付)の新聞で目に留まった、一つのコラム記事。
それを読むに付け、世の中には似たような事があるものだと。
それこそ、「人の心情考えぬ幼稚な大人」 と題した、
崇拝する曽野綾子女史のものです。
それだけ世の中が・・いいえ、人間が、
浅薄になっているのかと思いますと、
何だか哀しくて。記事の概略を申しますと・・。
場所は美容院。(因みに筆者は髪カットに訪れている客)
そこにベランダ菜園で採れた、じゃがいもを持って近所の主婦が訪れます。
素人にしては見事な出来栄えに称賛の嵐。当然、そこには自慢も含まれます。
初めは、家庭菜園の経験豊富な筆者ですから、
それらの光景を好意的に捉えています。
ところが・・。見せたいだけ見せ、自慢したいだけした、
じゃがいもを主婦は、そのまま持って帰るのです。
しかも、お裾分けだと勘違いした美容師の方は、逆に謝る始末。
私も、この辺りからどうしようもない違和感を覚えたものです。
普通の感覚では、わざわざ採りたてのじゃがいもをお店まで持って行ったのなら、
「お一つ、どうぞ・・」 となるのは当然ではないでしょうか。
以下は、曽野綾子女史のもの。私も全く同感です。
自分も楽しむものなら、どうして相手にも 美味しい思いをさせたいと思わないのだろう。 この女性は、ただ相手の称賛を得る事で、 自分の満足感を倍加させるためだけにやって来たのだ。 幼稚園の子供なら、その程度の幼稚さも許されるかも 知れないが、少なくとも大の大人のする事ではない。 一個もやりたくないほど大切なじゃがいもなら、 採った人は決して他人に見せず、 こっそり自分で食べればいいのだ。 褒めて欲しいが、収穫は分けたくない、 というような未熟な大人を、昔は見掛ける事がなかった。 |