太閤道は、浄泰寺の前を抜けて、北西に向かう。その先は小高い山々の間を縫う道となる。
雑木林の中に残る旧道を、生い茂る草をかき分けて進んでいくと、行く手に観音を祀った小さな祠が見えてくる。この観音は「太閤道」の道標にもなっていた。
観音堂を過ぎてさらに進むと、佐志ノ辻に至る。ここには、肥前名護屋城をその起点として、唐津まで置かれている「太閤道一理塚」がある。
6月より咲いていた花「のうぜんかずら」
開花時期は、 6/25頃~ 9/15頃。
・中国原産。古くから薬として使われていた。
日本には平安時代の9世紀頃に渡来。
・オレンジ色の派手な花。
・つるでどんどん伸びていく。
いろいろからみつく。
・とても寿命の長い木で、豊臣秀吉が朝鮮半島
から持ち帰ったといわれるものが
金沢市にまだ健在らしい。
(樹齢400年以上・・・)
・古名の「のせう」が変化して「のうぜん」に
なったとも、「凌霄」の音読みの
”りょうしょう”が変じて「のしょう」に
なったともいわれる。
「凌霄花」は漢名からで、
「凌」は”しのぐ”、
「霄」は”そら”の意味で、
つるが木にまといつき天空を凌ぐほど
高く登るところからこの名がついた。
・茎、花が甘いらしく、
よく蟻(あり)がうろうろしている。
・江戸時代の貝原益軒さんが
「花上の露目に入れば目暗くなる」と記述し
いかにも有毒の花、というイメージが
ついてしまったが、それは誤解で、
実際には毒はない。
・「凌霄花に 秋の通ふか 風見ゆる」 恒丸
(季節の花300より)