「たった一つの命だから」副タイトル「14歳の少女が遺した言葉(上)
作者 桑野優子
「病気になったのが友だちではなく私でよかった」
中学2年生でお母さんにさらっと答えたのは、骨肉腫という病を告げられた横浜市に住む西尾誉佳(えいか)さんという14歳の少女でした。
2005年4月のことです。
誉佳さんは入院して化学治療を受けますが、5ヶ月後に右腕を切るという手術を受けます。
ところが誉佳さんは泣きません。
そんなことで涙は出なかったというのです。
でも、一度だけ涙がこみあげたことがあると話してくれました。
治療がつらかったからではありません。
生きるためには腕を切るしかないと話すお母さんの目に涙があった・・・。
それで、こらえきれなかったそうです。
自分自身の痛みでは泣かず、誉佳さんはお母さんの苦しみを感じて泣いたのです。
同年12月、8ヶ月間の闘病生活を終えて退院した時、誉佳さんは久しぶりに外の空気に触れました。
すべてのものが新鮮に思えて、すべてのものに「ありがとう」を言ったそうです。
太陽、空、見なれた校舎、駅、お店。
あらゆる物に感謝の気持ちが生まれ、そして自然にある言葉が湧きました。
誉佳さんは、利き腕の右腕を失い、残された左手でお世話になった人に宛てる06年の年賀状に向き合います。
そこに「たった一つの命だから」と書きました。
命があれば、右腕はなくなったけど強く生きていける!と、みなぎる力と感謝の心で書いた言葉でした。
私の知人男性が誉佳さんのお父さんの友だちでした。
その男性から年賀状を見せてもらい、誉佳さんに会いたいとお願いすると、同年1月、ご両親と3人で福岡に来てくれました。
交流が始まりましたが、間もなく誉佳さんは余命1年の宣告を受けます。
神様はどこまでも残酷です。
どうしても「奇跡」を起こしたいと思いました。
この世は想いの世界・・・。
想えば通ずる。
ならば、たくさんの人の命への想いで誉佳さんの命をつなごう。
誉佳さんが書いた「たった一つの命だから」につなぐ言葉をたくさんの人に考えてもらおうと、近所のママ友や高校生の息子たちとその友人たちが集まって、呼びかけを始めました、
この活動「ワンライフプロジェクト」が地元のラジオ局の目にとまりました。
「『たった一つの命だから』にあなたはどんな言葉をつなげますか?」というラジオからの呼びかけに、多くのメッセージが集まり、半年後には本ができあがりました。
そして、目で読むだけでなく、耳で聞いてもらおうと、朗読会が自然に生まれ、少しずつ広がっていきました。
以上です。
中日新聞の記事を読みながらインプットしていても、つい泣きそうになりました。
私の会社の同僚がガンになって退院して来たので、3人ぐらいでお見舞いに行きました。
彼が「どうして俺がガンにならなければいけないんだ!」と言った時には、返す言葉がなく3人とも黙っていました。
これが普通の人の本音だと思います。
それなのにこの女の子は、「病気になったのが友だちではなく私でよかった」
このような言葉をいう女の子は、どんな人なんでしょうか。
まるで天使のような女の子ですね。
>交流が始まりましたが、間もなく誉佳さんは余命1年の宣告を受けます。
神様はどこまでも残酷です。
神様なんていないと思います、誰かにすがりたいと思う人間が作り上げたものだと思います。
神様がいれば利き腕の右手をなくした少女に、さらに過酷な余命1年なんてなるはずがないでしょう。
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