中日新聞の読者投稿欄に「友と心通わせ続けたい」というタイトルで15歳の中学生が投稿されていました。
大人になると昔は仲が良かった友との間で境遇や身分、地位の差から心の距離やずれが生じることがある。
私は魯迅の代表作である短編小説「故郷」を読んで、どんなに内面的な距離があっても心を通い合わせるように努力すべきだと思った。
誰でも人は時とともに見た目や性格は変わる。
その昔は同じ学生であっても、大人になればある人は会社経営者、またある人はその会社の従業員と言ったように上下関係が生じることもあるだろう。
「あの人より自分は優れている」
「あの人より自分が劣っている」と思うのはあまりにも寂しい。
たとえ違う道に進んだとしても昔は友達だった事実は不変で絶対に消えない。
会う機会はなくなったとしても、私は友と心を通わせ続けるためにも連絡を取り続けたい。
以上です。
>私は魯迅の代表作である短編小説「故郷」を読んで、どんなに内面的な距離があっても心を通い合わせるように努力すべきだと思った。
読者投稿欄に魯迅の「故郷」に関して記述されたものが多いです。
私が習った教科書には載っていませんでしたが、どうも今は中学3年生の国語の教科書に載っているようです。
「歩く人が多くなれば道になる。
しかし、多くの人が歩かなければ道にはならない。」というような印象的な文が書かれているようです。
しかし、多くの人が歩かなければ道にはならない。」というような印象的な文が書かれているようです。
「僕の前に道はない
僕の後に道はできる」という高村光太郎の詩に似ていますね。
僕の後に道はできる」という高村光太郎の詩に似ていますね。
>その昔は同じ学生であっても、大人になればある人は会社経営者、またある人はその会社の従業員と言ったように上下関係が生じることもあるだろう。
同級生が社長のような会社に入るのは、幾ら何でもイヤですね。😁
55歳で初めて中学時代の同窓会に行きました。
懐かしさが先にあり、同級生の今の境遇を羨むことはなかったです。
同窓会に来るような人間は、そこそこの暮らしをしているような人ばかりだったように思います。
たまに付き合う中学時代の友人も中小企業の会長をしていますが、羨むことより出世したなぁと感慨にふける事が多いです。
彼は学生時代から大人と付き合うのがうまかったので、出世すると思っていました。😁
私は地元から離れてしまったので、中学時代の友人で交流があるのは彼一人です。
投稿者さんのように、学生時代の友人に連絡を取り合いたいと思わないです。
いい日旅立ち 山口百恵 1978.11