
河北新報ONLINE NEWS 2014年4月9日
第12部・廃炉の現場(上)過酷な作業/高線量状態が日常化

廃炉作業が本格化し、使用済み核燃料が入ったキャスクをつり上げる作業員ら=2013年11月12日、福島第1原発4号機
◎体の異変、よぎる被ばく
<「常識」通用せず>
右脳への血流が止まっていた。
病名は内頸(けい)動脈閉鎖症。
脳を写した画像は、半分が真っ暗だった。
東京電力福島第1原発で、事故処理作業に当たっていた関東地方在住の男性は今、労災を申請するかどうか迷っている。
焦点になるのは、原発作業による、被ばくと発症との因果関係。
診察した医師からは、「常識的にはあいまいだ、としか言えない」と説明されたが、男性は納得できないでいる。
「体の異常は、原発作業が原因としか考えられない。確信は持てないけれども」
事故処理作業に関わる前に撮った、脳のコンピューター断層撮影(CT)は、正常だった。
それなのに、「普通だったら生きていられない」と医師から言われるほどの症状に陥った。
他の原発でも働いた経験がある男性にとって、福島第1原発の現場は、驚きの連続だった。
原発作業の「常識」が、通用しない過酷さだった。
<測定機が「窒息」>
働き始めたのは、メルトダウン(炉心溶融)から数カ月後の、2011年暮れ。
それから、約1年半勤務した。
仕事は、他の作業員の被ばく線量検査。
雨の日には、作業員の雨具を、はさみで切って脱がせた。
放射性物質を含んだ水滴が、何度も飛び散ってきた。
口元や股間付近を、被ばくしている人が多かった。
作業の合間、マスクを外してたばこを吸ったり、防護服を脱いで屋外で用を足したりしたためだという。
計ろうとしたら、測定機が「窒息」したこともある。
線量が高すぎて一瞬で壊れることを指す、業界用語。
周囲の人まで危険にさらされる。
「作業員の個人線量計も壊れていた。一体どれぐらいの線量だったのか分からない」と男性は思い起こす。
作業初日は、原発構内で昼食を取らなかった。
休憩室の空間線量は、毎時0.1ミリシーベルト近く。
「通常なら、飲食は絶対禁止の線量のはず」と考えたからだ。
2日目からは、休憩室で飲食した。
「周りの人が、当たり前のように弁当を食べていた。食べない方がおかしいと思うようになり、感覚がまひした」
1年半働いて、積算線量は約25ミリシーベルト。
今は、構内での飲食を後悔し、内部被ばくも疑っている。
<「命削っている」>
厚生労働省によると、統計を取り始めた1976年から、原発作業員が被ばくによる労災を認められたのは、全部で13件=表1=。
その中で、被ばく線量が最も低いのは、白血病を発症した人の5.2ミリシーベルトだった。
福島第1原発では、事故からことし1月まで、計3万2034人が作業に当たった=表2=。
平均被ばく線量は12.58ミリシーベルトで、最高は、原発事故後に中央操作室にいた作業員の678.8ミリシーベルト。

半数の1万5363人は、労災認定の可能性がある5ミリシーベルトを超えている。
これまで8件の申請があったが、まだ認められたケースはない。
男性が言い切る。
「みんな命を削って作業している。
誰もが体に異変が出れば福島での作業を疑う。
近い将来、本当に放射線が原因の死者が出てもおかしくない」
◇
福島第1原発事故から3年。
作業員は、被ばくの不安におののきながら、過去に経験のない事故処理に携わってきた。
廃炉の完了まで、少なくとも30~40年かかる。
放射能という見えない恐怖の中で、膨大な作業と緊張を強いられる現場を追った。(原子力問題取材班)
第12部・廃炉の現場(中)困難な要員確保/「中抜き」横行、低賃金
河北新報 2014年4月10日

構内で防災訓練に当たる作業員ら=3月13日、福島第1原発(東京電力提供、写真と本文は関係ありません)
<延べ1800万人必要>
「これでまた、作業員の確保が難しくなる」
東京電力福島第1原発で事故処理作業に当たる、福島県双葉郡の下請け業者の男性は、一気に暗い気持ちになった。
東京都が、2020年の五輪開催地に決まった、13年9月のこと。
喜びに沸く周囲とは対照的に、五輪景気で、作業員が東京に吸い寄せられる事態を心配した。
男性は、公共職業安定所や、インターネットによる求人、知人のつてなど、あらゆる手段で作業員を集めている。
そうしないと、到底足りない。
福島第1原発で必要な人員は、1日3000~4000人に上る。
廃炉の完了は、早くとも30~40年後。
仮に、平均1日2000人、1年300日で30年だとすると、延べ1800万人の計算になる。
被ばくを伴う難しい作業なのに、これほど膨大な数の作業員を、確保しなければならない。
<6次の下請けも>
作業員集めは既に、かなり困難になっている。
最大のネックが、厚生労働省が定める、作業員の被ばく限度だ。
1年で最大50ミリシーベルト、5年で計100ミリシーベルトが上限、と決められている。
5年間継続して働くとすれば、年平均20ミリシーベルト以下に抑えなければならない。
下請けの男性は、
「今までの付き合いで仕事を受けているが、給料が低く、継続雇用の保証もない。
(被ばくによる)健康不安もある。
そんな職場で普通、働きたいとは思わない」と語る。
複数の作業員によると、福島第1原発の日当は、6000円~1万5000円程度らしい。
2次、3次と、下請けが重なるにつれて、中抜きされる額が増え、大きな差につながっている。
福島第1原発の現場では、3次どころか6次下請けもざらだという。
さらに、福島第1原発で働けば、累積の線量が1年もたたず、限度に近づく可能性がある。
「そうなると、他の原発でも働けなくなって、収入は伸びない。熟練作業員ほど福島を避ける」と、現場監督の経験者が打ち明ける。
<日当の逆転現象>
原発構内の事故処理より、被ばく量が少ない、周辺市町村での放射性物質除去の方が日当が高いという、「逆転現象」も起きている。
作業経験のある男性(東京都)は、除染に仕事を変えたら、日当が1万1000円から1万5700円に増えた。
作業員の数を確保しようとするあまり、質の低下もささやかれている。
「ナットの締め方すら分からなかったり、簡単な漢字が読めなかったりする人もいる」と、現場を知る関係者は指摘する。
東電は、13年12月以降、発注の工事を対象に、1日の人件費を1万円増やした。
だが、上乗せ分が、末端作業員まで届く保証はない。
下請けに入っている男性は、引き上げの効果を疑問視する。
多重下請けという、構造的な問題が手付かずのためだ。
東電の対策について、東京五輪に絡めて言い表した。
「お・も・て・だ・け」