愛知の史跡めぐり

愛知県の史跡を巡り、その記録を掲載します。

上宮寺 如光  岡崎市

2013年12月26日 21時04分48秒 | 岡崎市
如光弟子帳
 岡崎上宮寺は、三河一向一揆の拠点のひとつです。又、当時三河三ヶ寺と呼ばれていたうちの一つです。どれくらいの門徒があったのか、分かる資料があります。先日(12月1日)に行われた三河一向一揆講演会(青木馨氏の講演)で、一つの資料が紹介されました。「如光弟子帳(にょこうでしちょう)」というものです。

如光弟子帳(インターネットから)

三河、尾張、伊勢3国で105箇所の道場が上宮寺の弟子
 資料には、
 「上宮寺第30代如光(?-1467)の17回忌である文明16年(1484)11月1日に本願寺8代蓮如によって執筆されたと伝えられる上宮寺の末寺帳である。料紙は楮紙で、白紙1枚を含み15紙からなり、墨付き8丁。平成の修復時に本紙右側に付された補紙の部分に胡蝶綴じの綴じ糸の痕跡が確認されている。
 本書の内容は、最初に『三河国佐々木の郷上宮寺開□之事』とあり、第24代連順から如光を経て如順に至る上宮寺歴代の法名と命日を記し、次いで三河を中心とし、尾張、伊勢三国の道場105箇所を記している。中世寺院の教線伸展状況を知る唯一の同時代資料であり、三河一向一揆の拠点となる上宮寺の基盤、今日の東海地方における本願寺教団が形成される状況を如実に示す重要資料である。」

 と、説明がありました。つまり、上宮寺の基礎を築いたのは、どうやら第30代如光のようなのです。

12月1日講演会の資料の中に記された上宮寺関係の道場一覧

 如光とはどんな人物なのか、大変興味を持ちました。