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サイレント

2012年04月20日 | スポーツ
少し遅めの満開を迎えた今年の桜も
今日と明日の雨で、散ってしまいそうです
 
若い頃は、それを愛でることはなかった桜ですけど、
やはり、年の功と申しましょうか
桜の美しさと、儚さと
そして、その見事な散り際に、日本人ならではの
 
“わびさび”
 
を、知らず知らずのうちに享受するんでしょうか?
 
と、桜の話で始めてみましたが、
今日はそんな話ではありません
 
プロ野球も開幕してまもなく一ヶ月
昨年からの統一球の影響を引きずっているのか、
それとも
セ・パの審判の一体化に伴ったストライク・ゾーンの広さに
いまだ戸惑っているせいなのか完封試合も多く、
もうひとつ、盛り上がりに欠ける開幕スタートな感も
否めない
 
ただ、これは
裏を返せば、投手が頑張っている証で、
それはそれで、応援するモチベーションにはなっている
 
個人的な思いとしては、
ネットの普及もあって、以前とは夜の過ごし方も
随分と様変わりし、ビールを飲みながらの
野球中継を見ることも、確かに少なくなったと思うし、
日本人メジャーリーガーが増えた今では
選択肢が増えた分、一極に集中しにくくなっていると思う
 
しかしそんな中でも、
熱狂的阪神ファンを自負する僕としては
当然のように野球中継を楽しんでいるが
最近は、その中継に眉をひそめる
 
テレビに突っ込みを入れながら見る楽しみはあるものの、
黙って聞いていると、
視聴率が悪い要因にもなっているんじゃないかと
勘ぐりたくもなる
 
例えば
 
発言の責任を気にするがあまり、盛り上げるような事は言わず、
保身的なコメントしかできない解説者
 
ステレオタイプの実況、選手のミスを執拗に取り上げるアナウンサー
 
趣向を凝らしたカメラワークは
まったく野球をしらない人が作っているような違和感
 
解説者の往年のプレーを褒め上げる実況アナと
さりげなく、当時のスター選手を織り交ぜて
自分の偉業を自慢する解説者
 
そして
 
結果論でしかプレーを解説できない解説者
 
これらのおかげで、気持ちよく見てられない
 
スポーツ中継に解説者は必要だと思うが、
いま喋っているのは、解説者じゃなくて、評論家だと感じる
 
だから対策として、今年の野球中継は、
BSでの中継の折には、球場内の音だけを副音声で聞き、
地上波で見るときは、消音して、絵だけを見ている
 
実況の声がないと、
抑揚に欠けると言うか、確かに盛り上がらないし、
興奮することも少ない
 
その分、じっと選手のプレーに注視し、
じっくりプレーを堪能することが出来ているんじゃないかのか?
と思うし、
解説者の受け売りで惑わされることもないように思う
 
なにより
 
解説者の愚痴を聞かなくて済む
 
だから阪神が負けても
モノが壊れることもない
 
今年は、心穏やかに中継を楽しんでいる
 
 
 
 


コメント
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