おかげさまで生きてます

日々の暮らしのなかで

しっつれいしました

2008年05月31日 | 日記・エッセイ・コラム
仕事帰り、くたばれ坊主、もとい、
くたびれ小坊主とかした小生は、
いつものように発泡酒を買うためにコンビニへ。
 
マンネリ化しつつある酒とササミの燻製を持ってレジへ。
若い女の子のレジへ!と思ったが、振り返ったレジは、
オバ様のレジだった。
客観的に見たとき、
僕の表情は一瞬曇り、視線は泳いでいたと思うが、
努めて悟られる事がないよう、レジへと歩を進めた。
 
他にお客がいなかった事もあって、
袋詰めするために、隣のレジの若い女の子がこっちのレジへ。
すると彼女は、おもむろに笑顔で、
 
「これ、入れておきます!てへっ」
 
と、レジ袋にチョコパンを入れた。
てへっとは言わなかったが、僕には聞こえた。
 
「あざぁ~すっ!」
 
断わる理由も特になかったので、お礼を大きな声で言った。
 
が、金を払い終わって疑問が浮かんできた。
 
「なんで、パンくれるの?」
 
個人的なこと?キャンペーン??
それとも今流行の使いまわしかぁ?
 
まぁ、普通に考えればキャンペーンなんだろう。
この店には一週間に一度行く程度だから、
馴染みでもないし。
それでもと思って、帰ってきてからパンをあらゆる角度から
検証・確認してみたが、
アドレスも、電話番号もはさまれていなかった。
思えば、もし仮に個人的な理由だったとしても、
どちらかと言えば良い事よりは悪い事の確率が高いように思う。
まぁ、毒を盛られるほど誰かを泣かせた記憶もないから、
それはないだろうけど、たぶん。
 
しかし、こんな事ぐらいで喜んで、
ホント、男って単純なんだなと嘆く事は簡単だが、
素直に喜んではしゃげるんだから、
僕はまだ若井ぼん・はやと
もとい、
僕は若い!
 



アイコンタクト

2008年05月30日 | 日記・エッセイ・コラム
皆が同じ事を考えているとは限らない。
 
サッカーの試合。
あれだけ一緒に練習を繰り返していても
意思の疎通は難しい。
ましてや、
赤の他人で、ハンドルを握っている理由も年齢も
違っては、誰もが同じように考えているとは
思えない。
 
家の近くに面白い交差点がある。
 
赤信号で停車。
停止線に正直に止まると、側道を塞いでしまう。
交差点のすぐそばに側道がある事自体が
いかがなものかと思うが、
この交差点、十数年前まではJRが走っていた
 
“踏み切り”
 
だったところ。

だから微妙な位置に側道がある。
 
地元の人は、この側道を塞がないように止まる。
つまり停止線を越えてとまる。
しかしだ。
何故、こういう止まり方をしているのか
理解しないドライバーもいる。
 
側道に入っていく車の邪魔にならないように、
停止線より前に止めているのに、
後ろにピタッと止める。
 
案の定、交差点を曲がってきた車が、側道に入れなくて
立ち往生。交差点大渋滞。信号が青に変わっても、
しばらくは譲り合い。
 
ちぇっ!舌打ちしてもむなしいだけさ。
 
すこし離れた交差点には、スーパーの入り口がある。
入り口つっても、勝手口みたいな小さな入り口。
結構、そこから出入りする車もあるのだが、
ここも停止線通りに止まると、
少々微妙な感じになってしまう。
んで、入り口を塞がないように止まるのだが、
何を思ったか、後ろの車は僕を追い越して
スーパーに入っていく。
 
「なに?この車、どこに止まってんのよぉ!」 
 
てな感じで。
 
この瞬間に湧き上がる怒りをおさめるのが、
未熟な僕には出来ないのだ。
 

 



ゆで卵

2008年05月29日 | 日記・エッセイ・コラム
大阪の高級料亭が廃業となった。
 
昨年、一連の偽装ブームの波にのって、
この料亭も産地偽装をしていたことが発覚したが、
今年一月に営業を再開したときには、
お客は戻ってきた。
再開を待ちわびて予約したと言う人までいた。
 
一流企業の接待とか、まぁ、いわゆる
セレブが集う老舗料亭ですからね、
 
「お金持ちは違いますね~」
 
と、まぁ、産地偽装ぐらいでは
びくともしないって感じだったけど、
やっぱ、
いくらなんでも、使いまわしはお金持ちでも
許せなかったと言うか、まぁ、引いたんでしょう。
 
ファミレスにいった際、
食べ残しを指摘されると、
 
「あぁ、これ?これは次のお客さん用やぁ!」 
 
と、先見の明があったような台詞を吐いた事もあった。
 
喫茶店に行った時は、
サンドウィッチに添えられているパセリを
 
「使いまわしでけんように、端をかじっとけ!」
 
なんて、はしゃいでいた。
 
でも、これ、
高級料亭だから駄目って事じゃないですよね。
どうも伝わってくるニュアンスは、
 
「高い代金とってんだからぁ!」 
 
っていう、少々論点がずれてるような感じ。
 
高級料亭だろうが、
街の定食屋だろうが、どっちでも駄目でしょ?
 
まぁ、個人的な意見としては、
モーニングについてくる“ゆで卵”は使い回しでも
許せますけどね。
 
もちろん、殻を剥いてないヤツですよ。
 



大根

2008年05月28日 | 日記・エッセイ・コラム
一日の仕事を終え、風呂に入り汗を流す。
 
そして至福のときを迎えるために台所へ向う途中、
お袋と親父のディスカッションが聞こえてきた。
 
話を要約すると、おかずの大根が余って仕方がないとの事。
年々、この僕でさえも少しずつ食が細りつつある。
確かに食卓に大根の煮付けは確認していたが、
手を出すことはなかった。
 
しかしそれを
殊更、
食べない奴が悪い!的な論調を展開されていたので、
風呂上り、
しかも一日の中で、一二を争う至福のひととき、
あの、発泡酒ののどごしを前に、くだらない
ディスカッションのせいで、
折角洗い流した身体に、怒りの汗が滲んできた。
 
僕も大人である。
そんな事でいちいち発狂もしないし、暴れたりしない。
ただ、だまって、
食卓にあった大根を貪った。
テーブルの上の煮つけがなくなったので、
ナベの中の大根まで貪った。
 
食った。

僕の記憶が確かなら、15mmの厚さで輪切りにされた
大根を、確か
10枚ほど食べた。
まるまる一本とは言えなくても、つなぎ合わせれば、
かなり大根の形に近づくことは容易に想像できる。
 
買っておいた金麦を呑むこともなく、
そのまま倒れこんだ。
 
眠れない。
うなされて眠れない。
直径8cmほどの大根を15cm食った。
もう、うなされて、
さっきの怒りの汗とは違う、また新たな汗が噴出してきた。
 
しかし、そんな事をしても
何も変わらない。
今日も、昨日までとおなじ朝を迎え、
同じように会話し、何事もなかったかのように、
時計は進んでいく。
 
ひとつだけ昨日までとは違う点を言うならば、
不思議と今日は腹が減らない。
 
今、午後4時すこし前。
 
昨日の大根以来、まだ何も食べていない。
 



内輪話

2008年05月27日 | 日記・エッセイ・コラム
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毎週火曜日、パン屋がやってくる。
 
1ヵ月ぐらい前だろうか。パン屋がやってきて、
 
「パンはどうですか?」
 
と。
早い話、営業だ。
うちは代々朝は“飯”って事になってるんで、
パンを食べるって習慣は殆んど無い。
それ以上に、小麦高騰やらバター高騰の煽りで、
朝飯はご飯って言う風潮にも逆送しそうな営業。
 
しかし、しかーしなのである。
これまた我が家の家訓として、
 
“世間の流れに抗う”
 
って事もあって、火曜日にやってくるパンを
買う事になった。
 
今日の朝、出掛けようと思っていると、 
 
「それ、お金」
 
と、テーブルの上に金が。
金って、この紙で包んであるのがそれ。
思えば、小さい頃から小銭を託すとき、
我が家でも必ずこうやって紙に包んだ。
 
一番最初の記憶は、保育所のときのパン代。
保育園にやってくるパン屋のパンを買う駄賃。
これを握りしめてパン屋のおっさんに差し出していた。
 
中学校へ入学した直後、
体育館シューズを体育館の玄関で業者が売っていた。
それの代金も、こうやって渡されていた。
業者のオッサンに差し出すと、
 
「丁寧に包んであるなぁ」
 
少し馬鹿にされた。
 
とにもかくにも、我が家ではこうやって
小銭も大事に扱うのだ。
 
ちなみに横に写っているのは、コンビニで買ったお茶に
ついていた景品。
冗談でこれに弁当を入れてくれっていったら、
今日の朝、本当に中身が入っていた。
 
どう?これ。
配色がいかにも我が家の弁当って感じでしょ?
 
すみません、内輪話で。