友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

群れ社会へ

2010年08月07日 14時57分14秒 | Weblog
 今日から高校野球の全国大会が始まった。毎年、選手が幼く見えるのは自分が年老いてきたからだとわかった。夏祭りの燃え尽き症候群のような友人も何人かいるし、実際、夏風邪を引いた人もいる。自分は元気だから大丈夫だなどと思っていても、身体は正直に悲鳴を上げている。私も7月の井戸掘りから夏祭りと続いて、少々バテ気味だった。そのせいなのか、ちょっと横になるとすぐに眠ってしまう。甲子園の第1試合をテレビで見ていたのに、余りに大差があったためか、いつの間にか眠っていた。わがマンションも今晩は夏祭りで、午後1時半からは子どもたちのみこしが、「ワッショイ、ワッショイ」と練り歩いている。

 私も今晩は、「安城の七夕祭り」と「岡崎の花火」を楽しませてもらう。長女のダンナの実家が安城なので、ダンナがなのかダンナの実家がなのか定かではないけれど、「ご招待」されている。安城の七夕祭りも岡崎の花火も、小学校か中学校の頃に連れて行ってもらったことがあるが、それ以来だ。岡崎の花火は、岡崎城の側で見た。そのとき初めて仕掛け花火を見た記憶だ。どこの夏祭りも開放的で、だからだろうけれどウキウキした雰囲気が漂っている。女性も男性も軽装で、まるで鳥たちの恋の季節のように華やかだ。子どもの頃、若い衆は女の子を誘っても「無礼講」だと言っていたように思う。

 300年近くも続いた江戸時代は、身分制度を厳粛に守ることで維持してきた。しかし、守ってきたのにそのほころびが出てきたのが幕末なのだろう。古代中国も身分制度で国家を統治してきたが、長く続くと国にほころびが生まれてきた。それを修復するために血縁ではなく広く人材を登用する制度、科挙を設けた。日本はあらゆることを中国に学んだけれど、どういうわけか科挙は採用しなかった。それでも、幕末期に活躍した人々を見ると身分の低い武士が大勢いるから、封建時代の身分制度は崩壊しつつあったと言える。フランス革命の中心人物がどのような階級の出身者か知らないが、日本では商人ではなく下級武士というのが面白い。

 下級武士ではあるけれど、読み書きができたばかりか、以外に広い知識を持っていたようだ。武道館を兼ね備えた勉強塾のようなものが各地にあり、しかもNHKテレビ「竜馬伝」を見ているとその交流もあったみたいだ。それにしても、よくわからないのは、その下級武士たちの藩内での位置づけである。「藩の意見をまとめる」という言葉もあったけれど、それはみんなの合義で決めるということなのか。この時のみんなとはどこまでの人を指すのだろう。合意となれば、殿様はもう権限がないということだろう。厳粛に身分制度を維持してきたはずなのに、やはり長くは続かないということか。

 今、家族の絆が問われているけれど、「家族」という制度も変わってきているのかもしれない。父と母がいてその子がいてという形では維持できない時代がやってくるだろう。男と女がいて、子どもがいて、ある程度の群れを成す、「群れ社会」になっていくのかもしれない。「家庭」という私有財産はなくなり、「群れ」の財産に代わるかもしれない。子どもは「群れ」の財産であり、そうなれば当然だけれど、老人も障害者も「群れ」の財産である。その時も祭りは維持されるだろう。いやもっと派手に行なわれるのかもしれないな。
コメント
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