風も無く暖かい、絶好の作業日和だったのに、何もやる気になれなかった。井戸掘り作業があったなら、勇んで出かけただろうが、今日は人が揃わず休止となったのだから、こんな日はルーフバルコニーに出て鉢の土を入れ替え、チューリップの球根を植える準備をすればよいのに、そんな気持ちが湧いて来なかった。
いつもなら球根の注文が終わっているはずなのに、未だに「やっぱり来年は止めよう」という気持ちが残っている。どうしてこんなに無気力なのだろう。中学からの友だちに「大人の童話」を書いてメールで送った。誕生日の祝いにかこつけた、ちょっとふざけた童話だった。
彼は高校では文芸部の部長を務めたほどの文学好きで、恋愛にも真剣だった。吉行淳之介の作品が好きで、とにかく惚れっぽい性格だった。中年になって、17歳も年下の女性と14年間も付き合っていた。名所旧跡を訪ねたり、美味しいものを食べに行ったり、飲みに行っても、それ以上の関係にはならなかったと聞いた。
私は、年寄りが若い人妻に恋をした童話を書いた。男は夢の中で好きになった女に出会い、抱かせてくださいと言ったが断わられた。次に男はその女のすべすべとした足に頬をつけ、夢から覚めないでくれと願った。そして、そのまま男は永遠に眠り続けた。そんなアホな話の酷評を求めたら、クソ真面目なメールが返って来た。
「キャラクターのイメージがはっきりと浮かんでこない」と指摘し、根本昌夫氏の『小説教室』を引用して、「登場人物の人物像やプロフィールが大事」と教えてくれた。彼は年寄りに身を置き換えることのない、決して好きになった女性を抱くことのない、根っからの堅物だった。60年も付き合ってきたが、やっぱり彼は変わらない。