中国のAI開発ベンチャーDeepSeek(深度求索)が米国製に匹敵する性能を持つ生成AIモデルを圧倒的に少ない開発コストで実現したと主張し、アメリカのテクノロジー業界や株式市場に衝撃を与えて久しい。ベンチャーキャピタリストのマーク・アンドリーセン氏は、1957年10月4日のスプートニク・ショックになぞらえて、「DeepSeekのR1はAIにとってスプートニク・モーメントだ」と表現したものだ。しかし、アメリカを超えたわけではなさそうだから、むしろ「第二の新幹線」と呼ぶべきではないかと私は思っている。いったん技術が中国に渡ってしまえば、自家薬籠中のものとして、中国内はおろか、中国製「赤いAI」が一帯一路に乗せて世界中に拡散するということだ。
その衝撃の余り、開発費用の内訳に疑問が呈され、いや性能はそこまで行かないとか、技術の盗用疑惑まで論じられた。ディスティレーション(蒸留)と言って、オープンAIのように、より洗練された強力な従来のAIモデルに、新しいAIモデルからの質問を精査させて、実質的に従来モデルの学習内容を移行させる仕組みで、これを使えば、大規模な投資と膨大な電力を費やして従来のAIモデルが生み出した果実を、それほどの対価なしに新たなモデルが獲得できるらしい。ある業界関係者によれば、AIの分野でこの手法はごく普通の技術だが、オープンAIを含めて近年、アメリカ企業が投入した先端的モデルで定められたサービス利用規約には違反するそうだ。
そして何より中国共産党のバイアスがかかっており、どうやら個人データが中国共産党に流れることも判明した。R1に中国共産党の性格は?といった政治的な質問を投げかけても答えてくれないそうだ。そもそも同社のR1がトランプ氏の大統領就任日にぶつけて発表されたことが全てを物語る。春節明けの2月17日には、中国の習近平国家主席が主催する民間企業シンポジウムに、アリババのジャック・マー氏、テンセントのポニー・マー氏、BYDの王伝福氏ら大手IT企業の大物社長に混じって、ベンチャー企業DeepSeek社長・梁文锋氏も参加したということは、もはや一点の曇りもない。DeepSeekはアメリカ製AIの技術を安価に真似て、オープンAIが「APIサービス」と「サブスクリプションサービス」を提供するのに対し、DeepSeekは全てのモデルをオープンソース方式で「APIサービス」のほかに「カスタマイズサービス」「コンサルティングサービス」を通して、データの整理や分析などのサービスや、AI技術のトレーニングや認定プログラムを開催して企業や個人に教育サービスを提供し、中国共産党が推進する「AI+産業」政策と連動した教育ビジネスを展開するという、中国企業がAI武装するための、中国共産党お抱えのAIプラットフォーマーということだ。アメリカをはじめとするAIプラットフォーマーだけではなく、全世界の全産業の全企業がこの現実を覚悟しなければならないだろう。これを利用する人は個人情報が抜き取られ、世界中で認知戦が繰り広げられることを覚悟しなければならないだろう。
創業者の梁文鋒CEOは過去のインタビューで中国企業の課題を赤裸々に語りつつ、AIモデルを「金儲けに使うつもりはない」と言い切っている。さもありなん。
不動産不況で中国経済はピークアウトし、人口減少で先行きは明るくないと溜飲を下げていてもよいのだろうか。余ったEV在庫でヨーロッパや東南アジアをはじめ世界中の自動車産業を混乱に陥れたように、あくまで愚直に成長を求める中国共産党は、習近平の「新質生産力」の号令一下、EV以外にも全ての産業で世界を混乱に陥れようとしているかもしれない。