風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

不思議な日韓関係

2014-03-19 00:18:42 | 時事放談
 安倍首相が(過去の植民地支配と侵略を認めた)95年の村山談話と(従軍慰安婦問題をめぐり旧日本軍の関与と強制性を認めた)93年の河野談話を継承すると表明したことに対して、朴槿恵大統領は「幸いに思う」と前向きに評価したそうです。どうも日・米・韓は、今月24日からオランダ・ハーグで開催される核安全保障サミットの場で、日・韓または日・米・韓首脳会談の実現に向けた地ならしに勤しんでいるようです。しかし頑固な朴槿恵大統領は、12日に開かれた日韓外務次官協議の際、日韓首脳会談の前提として、慰安婦問題をめぐる河野談話などの継承のほかに、同問題を扱う次官級協議の開催と、安倍首相による靖国神社参拝の中断の3条件を提示したと報じられました。日本として、仲を取り持つアメリカの顔を立てなければならないとは言え、安易な妥協はして欲しくありませんね。
 それにしても朴槿恵大統領による日本非難の「告げ口外交」は執拗です。野田前首相は、「(欧米に行っては)女学生のような言いつけ外交」と評して、韓国メディアから猛烈なバッシングを受けましたが、言い得て妙です(因みに、民主党の首相経験者の中では、後の2人が奇天烈なだけに、野田さんのまともさが光りますが、余談です)。国際社会では「告げ口」する本人の品位が疑われるのではないかと却って心配になるのですが、なかなかどうして。室谷克実さん著「悪韓論」を読むと、誹謗中傷でライバルを蹴落とすのは、サムスンなど企業社会では当たり前に見られる光景のようですし、韓国人の夫婦喧嘩は、非難の応酬で、第三者に同意を求め、自分の主張を正当化するものだそうですから、民族的習性としてやっているだけのことで、気にする気配はありません。紛糾するのを承知で靖国参拝までしてしまい、もはやかつてのようには言いなりになってくれない日本の首相が疎ましくて余程ガマンならないのでしょう。ここぞとばかり中国と歩調を合わせ、日本の孤立化を狙って、嫌がらせを続けているのでしょう。しかし、ミサイル防衛(MD)導入問題など米中が対立する案件では中国に従うなど、韓国が米国の勢力圏を離れ中国に身を寄せつつある「離米・従中」の言い訳にする「反日スタイル」は、アメリカからはすっかり見透かされ、大いに不評で、ことあるごとに日・韓関係改善の圧力をかけられているようです。バイデン副大統領は、12月の訪韓の際、朴槿恵大統領との会談の冒頭に、よりによって韓国人記者がいる前で「米国と逆の側に賭けるのはよろしくない」と指摘し、韓国側は「発言は誤訳だった」「バイデンは失言王」などメッセージを否定するのに躍起だったと伝えられます。そして4月のオバマ大統領訪日の日程を削って訪韓を実現したのは、韓国の外交的勝利だと喜んだのも束の間、実のところ、アメリカは訪韓を切望させて韓国の立場を弱め、朴槿恵大統領が米国に抗する力を削ごうとしたのだと解説する向きもあり、今後の朴槿恵大統領の対応が注目されます。
 さて、前置きが長くなりましたが、韓国の反日の淵源は那辺にあるのか。
 3年間、駐在したマレーシア・ペナン島のインターナショナル・スクールには、30ヶ国もの違う国籍の子供たちが学んでいて、子供つながりで、私たちもいろいろな国の人たちと知り合い、お高くとまった鼻つまみものの白人(イギリス人)もいれば、アジア系の人々はおしなべて親日的で、楽しく過ごすことが出来ました。そんな中で、仲良くなった韓国人のお母さんから言われた言葉は、衝撃的でした。「日本人は野蛮で残酷だと聞いていたけれども、全然そんなことはないのですね。」
 呉善花さんの「侮日論」(文春文庫)を読むと、まさに「野蛮で残酷な日本人」という教育が徹底されていることが分かります。そして、呉善花さんによると、韓国の反日主義は、単に日本による植民地統治を問題とするのではなく、そもそも植民地統治をもたらすに至った「歴史的に野蛮で侵略的な日本人の民族的資質」を問題にする、民族主義の性格をもつものであり、しかも祖先が受けた被害については、子孫はどこまでも恨み続け、罪を問い続けて行くことが祖先への孝行だという儒教的な道徳観に裏打ちされていて、その理不尽なことと根深さには絶望的になります。
 こうして、韓国にとって、「反日」「卑日」あるいは「侮日」は国是なわけですが、かつては「克日」と言われ、最近でも「用日」などとも言われます。「克日」は、「日本を克服する」意の造語で、「日本に勝つ」「日本を追い越す」「日本を乗り越える」といったニュアンスで、1980年代初めに教科書問題で反日運動が高まったときに、反日世論を沈静化させるため「反日から克日へ」という言い方で政府とマスコミが一体となってキャンペーン的に使ったそうです。「用日」は、最近、使われている造語で、「日韓関係の悪化は米韓関係に悪影響を及ぼすため、現実的な利益のためには世論を理由に日韓関係を遮断するより日本を活用すべき」「経済や安全保障の分野で必要とする日本は、必要なら関係改善すべき」というように、「反日」の心は一時的に封印してでも日本を利用すべき、日韓関係を活用すべき、といった文脈で使われるようです。そもそも理不尽な「反日」「卑日」「侮日」一辺倒では立ち行かなくなると、「克日」「用日」などと気遣いをしなければならない韓国は、気の毒な、と言うより、哀れな国だと思います。
 「反日」「卑日」「侮日」にしても、「克日」「用日」にしても、いずれも韓国の日本に対するコンプレックスの裏返しであり、いずれも韓国の独り相撲なわけで、いちいち相手にしていられないとの思いは強いわけですが、従軍慰安婦問題にしても、竹島(独島)問題にしても、さらには日本海(東海)呼称問題にしても、言いたいことを言わせておくとロクなことにはならないので、いちいち反論しなければなりませんが、ゆめゆめ韓国と同レベルと思われないよう、気を付けたいものです。
コメント
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