落穂拾いです。
シンガポールやマレーシアに住む中国人は華人(因みに出稼ぎで戻り得る人は華僑)と呼ばれ、中華人民共和国という国や共産党政権への思い入れがないのは、それが中国人であり、さらに出身地のせいだと思われますが、東南アジアでは福建や広東などの南方系の中国語圏が広がるとともに、商圏も広がります。シンガポールの空港の本屋の入口中央に、中国語本コーナーがあり、習近平国家主席の顔写真がでかでかと載った本が平積みになっていたので、中国共産党による宣伝工作の一環かと思ってよくよく見ると、習近平氏だけではなく、周永康氏や令計画氏など、失脚した人にまつわる本もあって、どうやら最近の腐敗取り締まりに関わるスキャンダラスなネタばかりのようなので、頁を繰って出版社を見ると、全て香港でした。雨傘革命で揺れ、最後は押しつぶされたようなものでしたが、香港の言論界はなかなか健在のようです(とは言え、実際は反体制なのか体制寄りなのかよく分かりませんでしたが)。
もう一つ。Japan Home Centerと銘打った「日本城」なる雑貨店を、Gurney PlazaやQueensbay Mallで見かけました。粗雑で武骨な外国製・・・などと一括りにしては失礼ですが、安かろう悪かろうが主流の家庭用雑貨の分野で、炊飯器やフライパンのほか、ちょっと便利そうなキッチン・グッズから、ちょっとお洒落なコスメティクス・グッズまで取り揃え、日本製の使い勝手の良さや品質の高さを売りにしているのは明らかですが、この会社自体は香港に本社があり、中には日本製のものもありますが大部分は中国製やベトナム製やトルコ製です。ここペナンにもDAISOが進出していますが、如何にも如才ない香港人ビジネスパーソンが日本ブランドにあやかった、似たような商売を手掛けているもののようで、香港の商魂はなかなか逞しいと感じた次第です。後でネットで調べると、International Housewares Retail Company Limited(國際家居零售有限公司)という香港の会社のサイトに行きつきました。中国語なので正確には分かりませんが、2000年にライバル企業・日乃城発展有限公司を買収したとあって、それほど最近のことでもなさそうです。ご存じの通り、和食は世界文化遺産になるほどの知名度があって、海外では似非日本食レストランが多く、それだけ日本ブランドの価値が高いことは喜ぶべきことであるとともに、いわば便乗商法は宿命でもあるのでしょう。そうは言っても凡そ日本ブランドを掲げる以上、日本品質(ひいてはその評判)を落として欲しくないと思います。このあたりは難しいところで、海外で手にし得る、あるいは口にし得るものは、所詮はsecondaryなものであって、本物は飽くまで日本に行かなければ味わえるものではないことは基本的な了解事項だろうと思います。むしろ東南アジアでこうした(多分)高品質なものを嗜好する所得水準層が確実に出来つつあることには、あらためて驚かされます。
そんな所得水準の高まりを捉えて東南アジアで急成長しているのがエア・アジアをはじめとするLCCです。エア・アジアのキャッチコピーはまさに「今、誰もが大空へ(Previously No One Can Fly. Now Everone Can Fly.)」。運行は基本的にPoint-to-pointなので、乗り換えがある場合には、荷物のチェックインなど不便極まりないのですが、単なる拠点間往復なら、安くて便利で、かつてペナン滞在中も家族旅行によく利用し、今回も、シンガポールとペナンの往復に利用しました。最近はホテル業にも進出し、エアコンやタオルもいちいち有料だという話が日経に出ていて、そこまで行くのは極端な気がしますが、その勢いは衰える気配がありません。
ところが、12月28日、ちょうど私たちがシンガポールからペナンに移動した次の日、ペナンからシンガポールに戻る前の日、シンガポールに向けてインドネシアのスラバヤを出発したエア・アジア機が行方不明になりました。エア・アジアとして、当初、マレーシア政府系重工業会社DRB-ハイコム傘下で出発し、業績低迷により経営破綻した後、今のCEOに2001年に買い取られてから、初めての大惨事です。日本ではそれほど詳細に報道されていないようですが、CNN(と言っても香港発ですが)やBBCでは、2008年に納品した比較的新しい機体であること、11月に保守点検がなされたばかりであること、2万時間を超える飛行経験があるパイロットであることなど、諸条件から極めて稀な不運な事故である可能性が頻りに示唆されました。が、翌日にエア・アジアを利用する私も新聞やTVニュースで事故を知って、しかしそこまでの情報はまだなく、心穏やかではいられませんでした。
私たちが搭乗したエアアジアは無事シンガポールに到着しましたが、機内に持ち込もうと思えば持ち込める小型バッグ3つの内、1つだけがペナン空港で積み残しになってしまいました。しかも、私は半袖ポロシャツ姿で移動中、日本に戻ってから着用するはずの冬服はバッグにしまったままでした。シンガポール空港のエアアジア・カウンターに届け出て、ホテルにチェックインしてからも何度かコンタクトして、ラチが明かないので、ホテルのコンシェルジェに頼んで(たまたま空港隣接のホテルで、通行証も持っていて手慣れたものでした)、空港内に再入場して、再度かけあって、ようやく、荷物はその後2便あったシンガポール便に間に合わず、とりあえずクアラルンプールに行き、翌日、シンガポールに到着することが判明しました。しかし私たちは翌朝7時のフライト(ユナイテッド)で帰国するので間に合いません。結局、空港界隈をうろついて、しかし常夏のシンガポールなので大した防寒着は買えませんでしたが、最低限の備えをして、帰国の途についたのでした。エア・アジアの担当者に言われた通り、成田空港に到着後、ユナイテッドのカウンターに届け出て、善後策を話し合ったのですが、基本的には待ちの姿勢で、出来ることは限られています。エア・アジアがIATAに加盟しているかどうか定かでなく、どうやら荷物紛失も珍しいわけではない由。格安航空会社なので、悪名高い遅延だけでなく、それなりにリスクがあることは承知しておいた方が良さそうです。エア・アジアのCEOは、日本での普及に並々ならぬ意欲を示しているそうですが、品質重視の日本人に、どう受け止められることやら(というのは、既にANAとの合弁で上手く行かなかったところではありますが)。
上の写真は、前日の27日、私たちが乗ったシンガポール発ペナン行き。
シンガポールやマレーシアに住む中国人は華人(因みに出稼ぎで戻り得る人は華僑)と呼ばれ、中華人民共和国という国や共産党政権への思い入れがないのは、それが中国人であり、さらに出身地のせいだと思われますが、東南アジアでは福建や広東などの南方系の中国語圏が広がるとともに、商圏も広がります。シンガポールの空港の本屋の入口中央に、中国語本コーナーがあり、習近平国家主席の顔写真がでかでかと載った本が平積みになっていたので、中国共産党による宣伝工作の一環かと思ってよくよく見ると、習近平氏だけではなく、周永康氏や令計画氏など、失脚した人にまつわる本もあって、どうやら最近の腐敗取り締まりに関わるスキャンダラスなネタばかりのようなので、頁を繰って出版社を見ると、全て香港でした。雨傘革命で揺れ、最後は押しつぶされたようなものでしたが、香港の言論界はなかなか健在のようです(とは言え、実際は反体制なのか体制寄りなのかよく分かりませんでしたが)。
もう一つ。Japan Home Centerと銘打った「日本城」なる雑貨店を、Gurney PlazaやQueensbay Mallで見かけました。粗雑で武骨な外国製・・・などと一括りにしては失礼ですが、安かろう悪かろうが主流の家庭用雑貨の分野で、炊飯器やフライパンのほか、ちょっと便利そうなキッチン・グッズから、ちょっとお洒落なコスメティクス・グッズまで取り揃え、日本製の使い勝手の良さや品質の高さを売りにしているのは明らかですが、この会社自体は香港に本社があり、中には日本製のものもありますが大部分は中国製やベトナム製やトルコ製です。ここペナンにもDAISOが進出していますが、如何にも如才ない香港人ビジネスパーソンが日本ブランドにあやかった、似たような商売を手掛けているもののようで、香港の商魂はなかなか逞しいと感じた次第です。後でネットで調べると、International Housewares Retail Company Limited(國際家居零售有限公司)という香港の会社のサイトに行きつきました。中国語なので正確には分かりませんが、2000年にライバル企業・日乃城発展有限公司を買収したとあって、それほど最近のことでもなさそうです。ご存じの通り、和食は世界文化遺産になるほどの知名度があって、海外では似非日本食レストランが多く、それだけ日本ブランドの価値が高いことは喜ぶべきことであるとともに、いわば便乗商法は宿命でもあるのでしょう。そうは言っても凡そ日本ブランドを掲げる以上、日本品質(ひいてはその評判)を落として欲しくないと思います。このあたりは難しいところで、海外で手にし得る、あるいは口にし得るものは、所詮はsecondaryなものであって、本物は飽くまで日本に行かなければ味わえるものではないことは基本的な了解事項だろうと思います。むしろ東南アジアでこうした(多分)高品質なものを嗜好する所得水準層が確実に出来つつあることには、あらためて驚かされます。
そんな所得水準の高まりを捉えて東南アジアで急成長しているのがエア・アジアをはじめとするLCCです。エア・アジアのキャッチコピーはまさに「今、誰もが大空へ(Previously No One Can Fly. Now Everone Can Fly.)」。運行は基本的にPoint-to-pointなので、乗り換えがある場合には、荷物のチェックインなど不便極まりないのですが、単なる拠点間往復なら、安くて便利で、かつてペナン滞在中も家族旅行によく利用し、今回も、シンガポールとペナンの往復に利用しました。最近はホテル業にも進出し、エアコンやタオルもいちいち有料だという話が日経に出ていて、そこまで行くのは極端な気がしますが、その勢いは衰える気配がありません。
ところが、12月28日、ちょうど私たちがシンガポールからペナンに移動した次の日、ペナンからシンガポールに戻る前の日、シンガポールに向けてインドネシアのスラバヤを出発したエア・アジア機が行方不明になりました。エア・アジアとして、当初、マレーシア政府系重工業会社DRB-ハイコム傘下で出発し、業績低迷により経営破綻した後、今のCEOに2001年に買い取られてから、初めての大惨事です。日本ではそれほど詳細に報道されていないようですが、CNN(と言っても香港発ですが)やBBCでは、2008年に納品した比較的新しい機体であること、11月に保守点検がなされたばかりであること、2万時間を超える飛行経験があるパイロットであることなど、諸条件から極めて稀な不運な事故である可能性が頻りに示唆されました。が、翌日にエア・アジアを利用する私も新聞やTVニュースで事故を知って、しかしそこまでの情報はまだなく、心穏やかではいられませんでした。
私たちが搭乗したエアアジアは無事シンガポールに到着しましたが、機内に持ち込もうと思えば持ち込める小型バッグ3つの内、1つだけがペナン空港で積み残しになってしまいました。しかも、私は半袖ポロシャツ姿で移動中、日本に戻ってから着用するはずの冬服はバッグにしまったままでした。シンガポール空港のエアアジア・カウンターに届け出て、ホテルにチェックインしてからも何度かコンタクトして、ラチが明かないので、ホテルのコンシェルジェに頼んで(たまたま空港隣接のホテルで、通行証も持っていて手慣れたものでした)、空港内に再入場して、再度かけあって、ようやく、荷物はその後2便あったシンガポール便に間に合わず、とりあえずクアラルンプールに行き、翌日、シンガポールに到着することが判明しました。しかし私たちは翌朝7時のフライト(ユナイテッド)で帰国するので間に合いません。結局、空港界隈をうろついて、しかし常夏のシンガポールなので大した防寒着は買えませんでしたが、最低限の備えをして、帰国の途についたのでした。エア・アジアの担当者に言われた通り、成田空港に到着後、ユナイテッドのカウンターに届け出て、善後策を話し合ったのですが、基本的には待ちの姿勢で、出来ることは限られています。エア・アジアがIATAに加盟しているかどうか定かでなく、どうやら荷物紛失も珍しいわけではない由。格安航空会社なので、悪名高い遅延だけでなく、それなりにリスクがあることは承知しておいた方が良さそうです。エア・アジアのCEOは、日本での普及に並々ならぬ意欲を示しているそうですが、品質重視の日本人に、どう受け止められることやら(というのは、既にANAとの合弁で上手く行かなかったところではありますが)。
上の写真は、前日の27日、私たちが乗ったシンガポール発ペナン行き。