風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

カナダにいた周庭さん

2023-12-10 00:23:10 | 時事放談

 香港の民主活動家の周庭さんが、カナダに滞在していることが分かった。インスタグラムへの投稿で、「おそらく一生、香港に戻ることはない。ようやく逮捕を恐れる必要なく、言いたいことを語り、やりたいことを実行できる」と記したそうだ。

 振返れば三年半前、コロナ禍のどさくさに紛れて、あれよという間に香港国家安全維持法(国安法)が成立し、50年間、高度な自治を担保するはずだった一国二制度の約束が、道半ばにしてあっさり骨抜きにされたのだった。EUは既にその一年前の2019年3月に、戦略的パートナーだった中国をsystemic rivalと再定義して対中国通商戦略の見直しを図っていたが、それでも強硬路線に転じたトランプ政権に比べれば宥和的で、かつて宗主国だったイギリスは当時、すっかり立場が逆転した中国に対して口頭で批判を強めるばかりで、実力行使に訴えることはなかった。その微温的な対応を言い訳にしたくないが、日本政府も私たち日本人も無力だった。しかし、香港の民主化運動が投じた一石は、決して小さいものではなかった。その後、新彊ウイグルでの民族浄化の実態が明らかにされたことと相俟って、西欧諸国では明らかに風向きが変わった。地理的に離れた中国は、西欧諸国にとって安全保障上の脅威よりも経済的パートナーとして重要であることが、私たち日本人にはもどかしかったが、ようやく同じ方向を見ることが出来るようになった。周庭さんたちは、身体を張って風向きを変えたのである。

 周庭さんは、国安法違反容疑で2020年8月に逮捕され、12月に無許可集会扇動罪などで禁錮10月の実刑判決を受けて服役し、翌2021年6月に出所した直後にインスタグラムを更新して以来、情報発信が途絶えていた。今に至るも香港警察国家安全処にパスポートを没収されたまま、返還の条件として、中国への愛国心を証明する行動を強要されていたことが、此度の声明で明らかになった。「民主化運動参加への反省文を提出させられたほか、8月には国安処職員5人に付き添われて中国本土を訪問。改革開放政策の成果を示す展示や、広東省深圳にあるIT大手の本社などを見学させられた。展示と共に自身の写真を撮影するようにも言われた」(毎日新聞)という。まるで文革時代を思わせるような古色蒼然とした仕打ちである。周庭さんは、「私が黙ったままなら、(訪中時の写真なども)いつか私の『愛国』の証拠になったかもしれない」と述べたという。

 中国外務省は敏感に反応し、香港の警察当局が「あからさまに法律に違反する行動を強く非難する」と声明を出したことを改めて強調するとともに、「いかなる人も法律外の特権を持たず、いかなる違法犯罪行為も必ず法律の裁きを受ける」と述べて、中国の法治なるものの異様さを際立たせた。

 こうした一連の香港での騒動を世界で最も真剣に受け止めているのは、台湾だろう。もとはと言えば一国二制度は台湾に向けて提案されたものだった。

 周庭さんが二年半ぶりに情報発信したのは、ようやくこの9月に「再度の逮捕のおそれなどから心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断されるほど」(同)だった香港を離れ、留学目的でカナダに入り、三ヶ月毎に当局に出頭することを求められていたのを拒絶するタイミングだったのは、偶然にしても絶妙で、一ヶ月後に迫った台湾総統選に与える影響は小さくないだろう。

 私が敬愛する故・高坂正堯氏は、安全保障の目標とは、日本人を日本人たらしめ、日本を日本たらしめている諸制度、諸慣習、そして常識の体系を守ることだ、と喝破された。今日の香港は明日の台湾だと言われたものだが、今やAIを使えば偽情報を流布させ世論に影響を与える工作はいとも簡単に実行することができ、日本も他人事ではない。今度こそ、私たち日本人は周庭さんの声に応えることができるだろうか。

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