北朝鮮がロシアへの派兵を始めたのが話題になっている。当初、ウクライナ政府と韓国の情報機関が公表し、つい最近、アメリカの政府高官も認めた。ロシアは「偽情報」として否定してきたが、つい最近、プーチンは、北朝鮮とのパートナーシップ条約をどう履行するかはロシアの問題だと述べて、北朝鮮兵士がロシアに駐留していることを肯定も否定もしなかった。
これを初めて聞いたとき、いやな時代になったものだと溜息をつくとともに、北朝鮮はロシアから対価として何を手に入れるのか、まさかロシアの虎の子の軍事技術(衛星打上げとか核開発とか)が供与されはしないかと懸念した。かつて中国は、ハンガリー動乱を巡る旧・ソ連内部の政治的混乱に乗じて、ソ連から原爆製造技術の供与を受けることに成功したことがあった。今回、ロシアの弱みは明らかだ。ウクライナ戦争でロシア兵の損耗が著しく、ウクライナによる想定外のロシア・クルスク州侵攻をロシア側には食い止めるだけの余力がどうやらなさそうだという驚くべき惨状が示されているからだ。その意味で、金正恩はプーチンに迫った(おねだりした)のではないかと思った。
しかし、バーター取引として考えたときに、喉から手が出るほど欲しい軍事技術以前に、金正恩が望むものは他にもあって、プーチンがぶら下げた餌に金正恩が食いついた可能性もありそうだ。巷で言われるのは、先ずは外貨であり、次いで実戦経験だ。アメリカのように、定期的に紛争に首を突っ込んで旧式兵器の在庫を費消したり、軍人に給与を支払いながら実践経験を積ませたりするだけの余裕があればよいが、たとえ休戦中(ということは戦時)であっても、北朝鮮のような貧乏国家が主体的に出来ることは限られている。そうだとすれば、兵器在庫を売却して外貨を稼ぎながら(実際には新型兵器に置き換えるのだろうが)売却し実践投入された弾薬や兵器システムの機能・性能を分析し、軍人を派遣して給与相当を貰いながら(ロシア兵の月給2千ドル、入隊時の一時金1~2万ドルとされるのが本当だとすれば、その二分の一でも三分の一でも北朝鮮にとっては大金だろう)実践経験を積ませることが出来るという、ロシアと対等の契約も、北朝鮮にとってまたとない機会だろう。私の願望でしかないのかもしれないが。
同じく休戦中の韓国は、NATO型兵器を供給できても、ウクライナ戦域への殺傷兵器の供与を自粛してきただけに、反発した。国際社会、とりわけプーチンが気にするグローバル・サウスの目も光る(欧米の目は今さら気にしても仕方ない)。プーチン流レトリックとすれば、北朝鮮の傭兵を、あくまで自国防衛のためと称してロシア領クルスク州に差し向けるだけかもしれないし(勿論、ドンバスも自国防衛だと主張するだろうが)、特別身分証かパスポートを発給したとの報道もあるから、北朝鮮人をロシア人だと強弁するかもしれない。
北朝鮮にはリスクもある。かつて毛沢東は、「核戦争になっても別に構わない。(略)中国の人口は6億だが半分が消えてもなお3億がいる。我々は一体何を恐れるのだろうか」と、平和共存を説く当時のソ連共産党フルシチョフ第一書記に豪語したとされる。日頃、人民のことを第一に思う元首様と宣伝するが、人民をコマのように使って痛みを感じないのは、金正恩も独裁者として変わらなくて、戦時のプロパガンダの常として戦争被害があっても徹底的に情報統制するだろうが、遺族の慟哭を完全に抑え切れるものではない。他国の豊かな文化に触れさせないよう、実質的に鎖国政策を執る北朝鮮にとって、兵士の外国への派遣は、労働者の外国への派遣と同様、管理が難しく、ウクライナに寝返る兵士が出て来ないとも限らないし、海外生活に触れれば体制不満に繋がりかねない。それでも兵士を派遣するのは、南朝鮮(韓国)を統一対象ではなく敵対国に認定した金正恩は、南やアメリカとの対決を煽り危機を過剰演出することで社会的な困窮を覆い隠すしか能がなく、案外、切羽詰まっているのかもしれない。
不安定な時代・・・というのは、言うまでもなく米中間の緊張の高まりや、ロシア対NATOの代理戦争、中東での絶えることのないイスラエル・パレスチナ紛争、さらに中・露・朝・イランの権威主義国(またはBRICSやSCO)に対する自由・民主主義連合(またはOECD)の分断が表面化した時代だからではあるが、そればかりではない。
杞憂という言葉がある。古代中国の杞の国の人が、天地が崩れ落ちるのではないかと心配して、夜も眠れず食事も喉を通らなかったという「列子」天瑞の故事から、心配する必要のないことをあれこれ心配することを言う。最近の中国や北朝鮮を見ていると、このネット時代に権威主義体制を維持するのは相当キツイだろうし、崩壊するんじゃないかと、つい取り越し苦労をしてしまう(笑)。南海トラフのような大地震と同様、早晩起こることは間違いなく、いつ起こってもおかしくないが、いつ起こるとは言えない感覚である。
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