風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

キッシンジャーの異彩

2023-12-16 10:48:11 | 時事放談

 かれこれ二週間以上が経ってしまったが、ヘンリー・キッシンジャー氏が亡くなった。享年100の大往生だった。

 保守派でありながら共産主義・中国に接近するという、イデオロギーに囚われない現実主義で、バランス・オブ・パワーという伝統的な国際政治の理論を冷徹に実践し、1970年代のアメリカ外交を牽引して、既に私の学生時代には伝説の人となっていた。

 あれから40年、トランプ氏が大統領になったときにキッシンジャー氏に会ったというニュースを見て、まだ生きていたのか(物理的に、ではなく、政治的に)と驚いたものだった。アメリカが中国に対して厳しい政策対応をしたのはトランプ政権からだが、既にオバマ政権後半から、中国に対して厳しい見方をしていた。そんな中で、キッシンジャー氏は何を思い、何を提言していたのだろうか。

 結局、アメリカは、キッシンジャー氏に始まる、30年以上にわたる積極的な関与政策により、中国を国際社会の一員にする手引きをしながら、大国になった中国を国際社会の責任あるステークホルダーに育てることに失敗した。いや、今の大国意識に目覚めた中国の振舞いを見る限り、アメリカが失敗したのは結果論でしかなく、アメリカは大いなる挫折を味わっているかもしれない。騙された、とまでは言うまい。それだけに、今のアメリカの強硬な対中政策は本質的であり根深いものがありそうだ。氏自身は、2015年に次のように語っている。

「中国の挑戦はソ連よりも微妙な問題を含む。ソ連問題は戦略的なものだった。中国の挑戦はより文化的なものだ。果たして、同じように思考することのできない二つの文明は、世界秩序において共存という解を見出すことが出来るのだろうか」

 それでも、著書『キッシンジャー回想録 中国』(2011年)で、「中国と米国の関係はゼロサムゲームになる必要はなく、なるべきでもない」と記し、その後、米中関係が悪化してもこの見解を変えなかったと言われる。2019年のニューエコノミーフォーラムでは次のように語っている。

「米中は世界の最大の二つの経済体であり、お互いが『足をひっぱりあう』のは正常だ」

「両国に必要なのは対話であって、対抗ではない」

「米中両国関係は、双方の共同利益のために対立点を正確に見て、対話と協力を強化し、ネガティブな影響を低く抑える努力をしなくてはならない。もし米中が非常に敵対すれば、想像のつかない結果をもたらす」

 他方、井戸を掘った人のこと(=恩義)を忘れないと言われる中国人は、キッシンジャー氏をそのように遇した。実際に氏の訪中は100回に及んだそうだ。尋常ではない。中国は仲介者としての彼に何を頼り、時に何に利用したのだろうか。晩年の氏は中国宥和論者だと批判的に見られがちだが、かつて毎年のように中国共産党幹部の訪問を受けていたシンガポール元首相リー・クアンユー氏同様、中国政治のウラを知る識者として、もう少し話を聞きたかった。

 ニクソン元大統領ともども、毀誉褒貶が激しいキッシンジャー氏だが、私のような世の多くの(と、一応、言っておく 笑)常人には現実主義に徹することを理解するのが難しいからだろう。

 一般に政治信条の座標軸の中で、常人は保守とリベラルの間のどこかに位置づけられる。その色眼鏡で相手に同調し、反発もする。その色眼鏡を外すのが難しいのは、こうした保守やリベラルの政治信条は、案外、人の世界観や人生観と深く結びついているからだと思う。例えば、変化を望むか安定を望むか。人は、また世の中は、変われるものだと信じることが出来るか、そうそう変われるものではないと諦めるか(良い意味での諦観である)。変われないと思うのは虚しく、何がしか変わろうと努力し、それでも急には変われないのが常人であり世の中であろう。それを信じる度合いの違いに応じて、保守とリベラルの間の位置づけが変わるように思う。こうして保守は現実主義に近いし、リベラルは理想主義に近いと言い換えることが出来る。ところが、かつて、ジョン・ミアシャイマー氏は、東京での講演で、現実主義はイデオロギーを気にしないと明言されていた。政治信条としての現実主義は、保守でもリベラルでもないそうである。現にキッシンジャー氏は、国家安全保障問題担当大統領補佐官や国務長官として共和党のニクソン政権を支えただけでなく、その前の民主党のケネディ大統領の顧問としても外交政策立案に一時的に関与していた。その超越したところに、どうしても分かりにくさが漂う。

 1982年に設立したコンサルティング会社「キッシンジャー・アソシエイツ」は、財務上の数字を報告することも、顧客名簿について語ることもないそうだ。だからと言って、企業幹部を中国の指導者に引き合わせても、ビジネス上の議論は企業幹部に任せ、便宜を求めることはしなかったそうだ・・・とは、どこまで信じられる話か分かったものではなく、中国共産党と波長が合ったであろう彼の隠密な交渉スタイルそのままに、霧に包まれたままだ。

 これまでブックオフで時間をかけて買い揃えた『回復された世界平和』、『外交(上)/(下)』、『キッシンジャー回想録 中国(上)/(下)』は、唯一、新刊で購入した『国際秩序』とともに、手放せない。老後の愉しみにしているが、もう一度、紐解いてみようかとも思う。そして、「キッシンジャーから懇情され、一旦断わったものの、膨大な私信・資料を見せられてファーガソンが引き受けたキッシンジャー公認の評伝。ファーガソンが10年がかりで完成させた大作」(アマゾンより)とされるニーアル・ファーガソン著『キッシンジャー 1923-1968 理想主義者 1/2』もブックオフでの購入予定リストにある。良くも悪くも、私たちが生きる時代の世界の道筋をつけてきたとも言える彼の存在には、興味が尽きない。

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