おととい、特別支援学校というところに行く機会があった。校舎の中まで入って見学するのは2回目。特別支援学校は、障害のある子どもたちの学校だが、知的障害、肢体不自由、聴覚障害…などと分かれていて、昨日のところは肢体不自由の特別支援学校。
肢体不自由の子は、脳性麻痺や内部疾患で、体が支えられない、加えて手などの動きが制御しにくい不随運動があったり、知的障害があったりして排泄や食事も介助の必要な子も多い。七割が車椅子利用だった。
結果、子ども(小、中、高)50人に対し、先生55人。オムツ替えも先生。いつでもどこでもオムツ替えができるように目隠しの衝立がいろんなところに置いてある。授業中も車椅子の斜め後ろくらいに座り、表情や反応を見たり、動きを促したり、声をかけたり、代わりに手を動かして工作をしたりしている。
廊下に学校の取り組みをたくさん模造紙にまとめて貼ってあるのだが、「自立に向けてのキャリア教育」をさかんにうたう。さて、自立ってなんだろう。この自立という言葉、福祉業界ではそこここに出てくる。児童養護施設でも、小学生にも「自立支援計画」、精神障害者の医療費助成が「自立支援医療」、そして肢体不自由の子どもたちも自立を目指す、という。「自立活動」という授業分野もあり、国語算数理科社会、以外を全て含むようですが、もう日本語的にも意味不明。自立した活動なのか、自分で立つ活動なのか、自立のための活動なのか…。
果たして私は自立しているのか?自立というと、私の元来のイメージは、自分の稼ぎで生活を成り立たせて精神的にも他者に依存せず生活を回していける、というような感じ。現在は、収入は自分の分だけで生活していないし夫の収入をあてにしているし精神的に他者に依存してはないけど子どもたちからは依存されていてそれは時々きつく感じる時もある。さあ、自立しているのか?
特別支援学校の子どもたち。自分で立ったり、排泄や食事も自分ですることは今後も難しいかもしれない。でもそれは病気や障害に原因があって怠けているからでも能力を使い切ってないわけでもない。できない部分を適切に人手や器具のサポートを使って生活を成り立たせるのが自立だとしたら、それは今すでに自立しているのではないのか?「自立に向けて」という言葉使いからは、「今は自立していないが」という前提が読み取れるのだが…。
こういう定義が曖昧で、なんとなく威圧的な言葉を業界内にうようよさせないでほしい。精神疾患で自立支援医療の助成を受けている人でも、生活はよっぽどうまく成り立たせている人はたくさんいる。「精神科医療費助成」でいいのでは。
業界用語を多用していろいろと解説することの多い仕事ではあるけど、無自覚に定義のよくわからない言葉は使いたくないし、折を見てツッコミを入れていきたい。
※参考 デジタル大辞林
「自立」とは
1 他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。「精神的に自立する」
2 支えるものがなく、そのものだけで立っていること。「自立式のパネル」
肢体不自由の子は、脳性麻痺や内部疾患で、体が支えられない、加えて手などの動きが制御しにくい不随運動があったり、知的障害があったりして排泄や食事も介助の必要な子も多い。七割が車椅子利用だった。
結果、子ども(小、中、高)50人に対し、先生55人。オムツ替えも先生。いつでもどこでもオムツ替えができるように目隠しの衝立がいろんなところに置いてある。授業中も車椅子の斜め後ろくらいに座り、表情や反応を見たり、動きを促したり、声をかけたり、代わりに手を動かして工作をしたりしている。
廊下に学校の取り組みをたくさん模造紙にまとめて貼ってあるのだが、「自立に向けてのキャリア教育」をさかんにうたう。さて、自立ってなんだろう。この自立という言葉、福祉業界ではそこここに出てくる。児童養護施設でも、小学生にも「自立支援計画」、精神障害者の医療費助成が「自立支援医療」、そして肢体不自由の子どもたちも自立を目指す、という。「自立活動」という授業分野もあり、国語算数理科社会、以外を全て含むようですが、もう日本語的にも意味不明。自立した活動なのか、自分で立つ活動なのか、自立のための活動なのか…。
果たして私は自立しているのか?自立というと、私の元来のイメージは、自分の稼ぎで生活を成り立たせて精神的にも他者に依存せず生活を回していける、というような感じ。現在は、収入は自分の分だけで生活していないし夫の収入をあてにしているし精神的に他者に依存してはないけど子どもたちからは依存されていてそれは時々きつく感じる時もある。さあ、自立しているのか?
特別支援学校の子どもたち。自分で立ったり、排泄や食事も自分ですることは今後も難しいかもしれない。でもそれは病気や障害に原因があって怠けているからでも能力を使い切ってないわけでもない。できない部分を適切に人手や器具のサポートを使って生活を成り立たせるのが自立だとしたら、それは今すでに自立しているのではないのか?「自立に向けて」という言葉使いからは、「今は自立していないが」という前提が読み取れるのだが…。
こういう定義が曖昧で、なんとなく威圧的な言葉を業界内にうようよさせないでほしい。精神疾患で自立支援医療の助成を受けている人でも、生活はよっぽどうまく成り立たせている人はたくさんいる。「精神科医療費助成」でいいのでは。
業界用語を多用していろいろと解説することの多い仕事ではあるけど、無自覚に定義のよくわからない言葉は使いたくないし、折を見てツッコミを入れていきたい。
※参考 デジタル大辞林
「自立」とは
1 他への従属から離れて独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに、存在すること。「精神的に自立する」
2 支えるものがなく、そのものだけで立っていること。「自立式のパネル」