リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

バッハのリュート作品(11)

2007年09月18日 11時03分19秒 | 音楽系
1973年にこの998番について、オイゲン・ミューラー・ドンボアが研究論文を発表しました。(イギリスリュート協会ジャーナル1973)ドンボアは当時バーゼル・スコラ・カントルムでリュートを教えていました。私はこの論文の日本語訳を中部日本ギター協会の当時の会報であるロゼッタ誌に発表したことがあります。(No.58とNo.64)ドンボアによると、こんな最終的結論を出しています。

「私は3つの楽章それぞれについてひとつひとつ問題を考察してきたが3つの場合とも全てがこの作品が多分リュート作品というよりはリュートハープシコード(ラウテン・ヴェルク)作品ではないかという結論にたどり着いた。しかしどの程度リュートハープシコード作品的かはそれぞれ異なっていて、アレグロが一番高くプレリュードが一番低い。」

つまり彼の結論では、プレリュードはリュートでのプレイアビリティがもっとも高いということですね。これは同感ですが、私にはフーガがもっとも鍵盤楽器的に感じます。

バッハのリュート作品(10)

2007年09月17日 13時19分05秒 | 音楽系
さて閑話休題。バッハのリュート曲の話にもどります。順番で行くと998番ですね。これはプレリュード、フーガ、アレグロ変ホ長調という曲で、チェンバロやギターなんかでもよく演奏される曲です。レオンハルトなんかこの曲とか997番がお好きなようで、よくライブでもとりあげるみたいです。3年前バーゼルで彼のコンサートを聴いたときに、アンコールで997番のサラバンドを演奏してました。

さて、998番ですが、この曲のリュート演奏では多くの人が変ホ長調、つまり原調のままで弾いています。今村泰典は半音下げてニ長調で演奏していますが、これが唯一原調じゃない演奏だと思います。彼のアレンジでは14コースの楽器を要求しています。最近私はこの曲のフーガを一全音上げてヘ長調で編曲してみましたが、これが意外にいけます。もちろんバスのオクターブ弦だけを弾くなどのテクニックは使いますが、極一部を除き非常にプレイアビリティは高いです。プレリュードは多分技術的な問題はないと思いますが、アレグロもざっとヘ長調で弾いてみたところではなんとか行けそうです。機会があったらどこかで演奏してみたいです。

この曲の自筆譜タイトルには、「リュートまたはチェンバロ」という文言が見られます。テクスチャは明らかに鍵盤楽器ですが、音域的にはリュートの音域、つまり鍵盤楽器曲よりはかなり低い、で書かれています。このためこの曲はバッハが愛用していたらしいラウテン・ヴェルクという楽器のために書かれたという説があります。ラウテン・ヴェルクという楽器は現物が残っていないので、どんな形状であったかも不明ですが、チェンバロの金属弦のかわりにガット弦を張って、リュートみたいな音がでるようにした楽器であるようです。現代ではいろいろ復元が試みられていますが、あくまで推測の域を得ない復元で、実際はどんなものであったか具体的なところは資料不足で不明です。

閑話(2)

2007年09月16日 02時32分03秒 | 日々のこと
そこで7,8年前の紙予定帳に回帰した方がいっそすっきりするのでは、と東急ハンズにでかけていろいろ探してみました。紙メディアによる予定帳は、以前はシステム手帳を使っていました。でもいまさらあんな大きいものには回帰できません。8穴のシステム手帳も最近は(ずっと前からかも(笑))あるみたいですが、肝心の紙の部分が小さすぎて情報を書き込む量がかなり制限されすぎます。結局選んだのが普通のノート式のミニ予定帳でした。手帳売り場を行ったりきたりしていて、店員さんは結構あやしいおじさんにうつっていたかも知れません。(笑)

で、家に帰ってさっそく9月のデータを書き込んでみました。ところがよほど字を小さく書かないと、うまく枠内に収まらない日が何日かありました。以前より視力が低下してきて小さな字を読むのはまだしも書くのは若干困難さを伴うこともあり、これはこまったことです。それにシステム手帳を使っていた頃と比べると、書く情報の質や量が若干異なり、どうもミニ予定帳ではすでに無理な生活をしていることに気がつきました。となると、6穴のシステム手帳?いやいやこんな大きなのはとてもとても。もうちょい大きな予定帳?これも不格好ですねぇ。ということで、改めてAdvanced W-ZERO3 [es]搭載のPocket Informantを見てみました。小さな字はキーボードで打ち込めるし、やっぱりこっちの方が情報機器として完成度が高い、と再認識しました。ま、結局は紙メディアの予定帳に戻るのはあっさりやめたわけですが、(笑)もうちょっとサクッサクッと動いてほしいですね、もう一息なんですけどね、Pocket Imformantさん、あるいはWindows Mobileさん、またはAdvanced W-ZERO3 [es]さん。(笑)

閑話(1)

2007年09月15日 13時22分57秒 | 日々のこと
7月に携帯というかPHSなんですけど、機種をウィルコムの Advanced W-ZERO3 [es]に替えました。前に使っていた初代のW-ZERO3よりは格段に速くなって、しかも小さく軽くなって満足しているんですが、でも処理速度は万全とは言えません。私のAdvanced W-ZERO3 [es]の主な用途は、予定帳、メイル、通話であとたまにカメラというところですが、その予定帳がまだワンタイミング遅いんですよね。

予定帳のソフトは、Windows Mobile6 付属のものを使っていません。このもともとついている予定帳ソフトはいったいどういう意図で作ったんでしょうかねぇ。一週間の予定一覧すらまともに見られないんですから。これではまともに使えません。世の中に売られている紙の予定帳は皆週間一覧とか月間一覧になっていて、ぱっと見通しがきくようになっているんですが、ビル・ゲイツさんの会社が作っている予定帳ソフトは全く見通しがききません。これだけ見通しがきかないようではマイクロソフトもぼちぼち・・・(笑)


そこでサードパーティのソフトというか置き換えソフトとして選んだのが、Pocket Informantです。このテの予定帳ソフトを何種類か試してみたんですが、私の用途にはPocket Informantが一番あっていました。このソフト、以前のバージョンよりも処理速度が改善され、まずまずの使い勝手ですが、でもまだ新規データを入力するとき、ワンタイミングのもたつきがあります。ぱっぱっといかないんですよね。初代W-ZERO3の前に使っていた、ソニーのPalm機で、DateBK5という予定帳ソフトを使ってましたが、もうどんな場合でもぱっぱっと行きました。紙の予定帳のページをめくるより遅いのでは意味がないんですが、Pocket Inromantはときどきそういう時があって、少しいらいらします。

バッハのリュート作品(9)

2007年09月14日 22時18分18秒 | 音楽系
さて、最近なんか話がちょっと小難しくくなってきましたんで、ここらで995番は終わりにして、今度は997番に行ってみましょう。この曲は私は中学校2年生の時ジュリアン・ブリームのギターではじめてききました。彼の演奏はとても端正なところもあるんですが、ときどき繰り出すチンチンとした安っぽい爪弾き音が妙に気になったことを覚えています。

997番は、プレリュード、フーガ、サラバンド、ジグとドゥブルからなる大変バランスのいい構成です。この曲は他からの編曲ではなく「純粋に」リュート曲だと言われていますが、曲のテクスチャは少なくともリュート向きではありません。オリジナルはタブラチュア版を入れると数種類あるようですが、最近名古屋音大の図書館でそのうちの一つを見つけました。私の持っているものとは異なったもので、筆跡はこっちの方がしっかりとしている感じ。

当時のタブラチュア編曲はヴァイラオホが行ったとされていますが、フーガとジグのドゥブルは編曲にはありません。この2つは難しいですからねぇ。多くのリュート奏者は、当時のヴァイラオホと同様ハ短調で演奏していますが、ホプキンソン・スミスはイ短調で編曲しています。イ短調にしたら格段にプレイヤビリティが向上するかというと必ずしもそうではなく、ハ短調版とは別のところがまた難しくなり結局そんなに変わらないとも言えます。私はニ短調で編曲をしてみましたが、音が高い割には意外とスムーズに弾けます。一度機会があったらどっかで弾いてみたいとは思っていますが、どうアレンジしても難しいには違いはなく、いつになることやら。(笑)

バッハのリュート作品(8)

2007年09月13日 12時35分14秒 | 音楽系
で、リュート組曲ト短調995番の話ですが、一般的にはチェロ版の方が先に成立したと言われていますが、(つまりチェロ版がオリジナル)チェロのために書かれたのならわざわざスコルダトゥーラにする必要はないような気もします。つまり普通の調弦で曲を書き進める、というのが自然であるような感じがするんですけど、つまりリュート版の方がオリジナルだと言いたいんです。(笑)この説は昔アウグスト・ヴェンツィンガーが言っていたようですが、支持されてないようです。作曲年代を特定する方法として、筆写譜が書かれている紙質や筆跡を見て判断するようですが、それによるとチェロ版は1720年頃、リュート版はもっとあと(1730年頃か少し前)ということらしくて、これが定説です。でも定説とするにはあまり科学的ではないのではないかという気もします。

ひょっとしたら、チェロ版のもとになった原曲があって、その曲をチェロの普通の調弦で弾くにはちょっと難しいので、1音下げたスコルダトゥーラで編曲した、という推測です。その原曲はリュート曲で、後年になって(1730年頃)にまたバッハは筆記した。うーん、ほとんど根拠のない妄想に近いですが、でも「定説」もそんなに有力な根拠があるわけではないみたいですよ。少なくともアンナ・マグダレーナ・バッハなどの筆写譜が紙に書かれたのが1720年頃、シュスター氏のための組曲が紙に書かれたのが1730年前後ということだけが確かなだけで、実際の作曲年がわかっているわけではないのですから。曲の中身を検討したらリュート版がオリジナルだという考えもなりたつわけで、だからリュート版が先であるという考え方も両論併記で認めててもいいんじゃないかと思うんです。

バッハのリュート作品(7)

2007年09月12日 11時52分02秒 | 音楽系
無伴奏チェロ組曲5番はリュート組曲ト短調BWV995と同一曲ですが、調が異なります。チェロの方はハ短調で随分低くなっています。こちらの方はバッハの自筆譜が残されておらず、アンナ・マグダレーナ・バッハなどの筆写譜で伝えられています。無伴奏チェロ組曲5番は、チェロの1弦を1音さげて演奏されます。ということは1弦と2弦音程が4度になって、4度系の調弦を持っている楽器(リュート、ガンバなど)を思いださせます。

アンナ・マグダレーナ・バッハの筆写譜は、記譜上は1弦が1音下がっていないという前提で書かれていますので、そのままひくととんでもない音になってしまいます。ところでこの変調弦(スコルダトゥーラ)の記譜法だと興味深いことがあります。というのは別の見方をすると、どの音が1弦で弾かれるのかがわかるということです。5線譜は弦楽器の左手ポジションは書き表せませんが、この記譜法だと必然的に他の弦を使う場合もわかってくるような気がします。このあたりはチェリストに聞いてみないとわかりませんが。少なくとも、和音も押さえなければならないこの曲で、どの音が1弦で出すのかの情報があることは、左手運指上の大きなヒントになると思います。

バッハのリュート作品(6)

2007年09月11日 09時35分52秒 | 音楽系
さて組曲ト短調BWV995のオリジナルソースはもう一つありまして、タブラチュアで書かれたものがあります。これのタイトルは「バッハ氏によるリュートのための作品」とありまして組曲とは書いてありません。これは自筆からの筆写というより編曲でしょうけど、当時のリュート奏者の姿勢(というか編曲者の姿勢)がよくあらわれて興味深いものです。

バッハの自筆譜では、プレリュードの3小節目にコントラGが出てきて、当時一般的であった13コースのバロックリュートでは音が足らないということは、第2回目で書きました。当時のト短調による編曲では、あっさりとこのコントラGは捨ててます。13コースでコントラGを出すもっとも手っ取り早い方法は13コースのコントラAを一音下げればいいんですが、そうすると今度はコントラAがなくなくなるわけです。どっちがメリットがあるかを考えてみるとやっぱり13コースは下げない方になるでしょう。というような判断を当時の編曲者もしたんでしょう。

コントラGは出せませんが、一音上で編曲すれば、バッハの意図した低いバスが出るということでイ短調で編曲しているのがホプキンソン・スミスです。最近の録音ですがポール・オデットがイ短調で演奏しています。ついでながら私もイ短調派です。あとの人は皆ト短調です。今村編曲では14コースで編曲していますし、リンドベルイも録音ではしっかりコントラGが鳴ってます。面白いのはロルフ・リスレヴァンがタブラチュア版で録音していることです。彼は当時タブラチュア化されたバッハの作品を集めて録音しています。当時の編曲(タブラチュア化)が残っているのは、995番、997番のフーガとジグのドゥブル以外、および1000番です。

バッハのリュート作品(5)

2007年09月10日 11時02分48秒 | 音楽系
昨日の記事の冒頭、BWV995はBWV996の誤りでした。失礼しました。
さて、995と間違ったついでに次はBWV995に参りましょう。このシリーズの第2回目にも少し触れましたが、この曲の自筆譜のタイトルには「リュートのための作品、シュスター氏のために、J.S.バッハによる」(Pieces pour la Luth a Monsieur Schouster par J. S. Bach)とあるようです。(角倉一郎著「バッハ作品総目録」による)でも不思議なことに私が持っている自筆譜のコピーには、「J.S.バッハによる、リュートのための組曲(Suite pour la Luth par J. S. Bach)とありまして、シュスター氏のシュの字も出てきません。

私の持っている自筆譜のコピーは、現代ギター社臨時増刊名曲演奏の手びきPART3,J.S.バッハ/リュート作品の全て1981」と知り合いから頂いたものの2つで、どちらも同じソースで、ブリュッセルの王立図書館蔵です。

「バッハ総目録」によると自筆譜以外の五線譜による原典はありません。ということは私が持っている自筆譜のコピーが唯一のソースということですが、その第1曲目プレリュートのページの上には「組曲」となっていてシュスター氏の名前は出てきません。シュスター氏はいずこ?(笑)

考えられることは、プレリュードが書いてある前のページに、Pieces pour la Luth ...と書いてあるのかもしれません。こういうのって後から別の人(所蔵していた人とか図書館員)が書き加えたケースもあるんですけど、実際はどうなのでしょうか。シュスター氏の名前はこのBWV995を語る上で出てくるのですが、実際にバッハのまわりにいた人なのでしょうか、それともずっと後の時代の人でバッハとはつながりのない人なのでしょうか。

バッハのリュート作品(4)

2007年09月09日 09時43分57秒 | 音楽系
BWV995をホ短調ではヘ短調で演奏しているのがホプキンソン・スミスです。シャープひとつしかないホ短調の曲をなんでまたフラットが4つもあるヘ短調にと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、技術的には大差なくどっちも難しいです。技術的にはさらに1音あげた方が楽になる(それでも難しいことには違いありませんが・・・)と思いますが、その1音上のト短調では今村泰典が編曲しています。ホプキンソン・スミスのヘ短調版と今村泰典のト短調版はそれぞれ出版されていますので、興味のある方は比較されるとよいと思います。両編曲とも大変緻密で合理的な運指が施されています。

私は一全音上げた嬰ヘ短調(シャープ3つです)にしたらどうかと思ってますが、まだ編曲してませんのでなんとも言えません。あと部分的ですが、ニ短調の編曲も見たことがあります。私が計画している嬰ヘ短調も入れると、何と5つの調で編曲が行われるわけです。で、いずれも決定打がないと・・・。(笑)

あとずいぶん昔の演奏ですが、ギタリストのナルシソ・イエペスが原調のホ短調で演奏しています。ただこれは彼独自の発想でホ短調調弦のリュートで演奏されています。彼は専業のリュート奏者でもないし、まぁこんな演奏もかつてあったんだという程度にとらえるべきものでしょう。