Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

ガムラン祭りにて

2015年05月11日 | 家・わたくしごと
 5月5日の午後、ーー「浜松まつりの合間に」という表現が最も適切に思えるのだがーー名古屋の徳林寺にガムラン祭を友人たちと見に行く。このお寺は昨年、ジャワのグループとともに本火でワヤンを上演したお寺でもある。快晴で野外コンサートにはいささか暑すぎるような陽気だった。ぎりぎりに会場に入ったせいか舞台の前はもう人がいっぱいだったので、会場後方の屋根付きの鐘堂に上ってのんびり見学することに決めた。
 野外でのガムランコンサート、いまから20年以上前、新宿の東長寺で大イベントを2度ほど企画・運営した。若かったからできたのだろう。あるいは私を手伝ってくれた、今は亡き有能なディレクターが私を支えてくれたからできたのかもしれぬ。ぼんやりとこのコンサートを眺めながらいろいろなことを思い出した。昼間だったが、夜のお仕事の方々に怒鳴り込まれたり、本当にたいへんだった。そのたびごとに、袈裟を着たお坊さんたちに助けられた。私が説明しても納得しない強面のお兄さんたちも、合掌したお坊さんたちを前にすると、ぶつぶつと文句をいいながらも帰っていった。宗教とはいったい何なのか、とそのとき本気で考えた。
 名古屋でのコンサートは素晴らしいものだった。名古屋以西から集まった演奏者たちが共同で作り上げた舞台は見ごたえもあった。しかし私は、コンサートそのものだけでなく、これを企画し、運営した人々にエールを送りたい。たいへんだったと思う。1年、半年準備をしたところで、本番という時間芸術は「あっという意味」に消えて終わる。美術展とはそこが違う。だからこそ、その一瞬にかけなければならないし、失敗は許されない。けれどその輝かしい一瞬は、深く観衆の心の中に刻み込まれたに違いない。