社会福祉士×ちょっと図書館司書の関心ごと~参考文献覚え書き

対人援助の実践、人材育成、図書館学を中心に気まぐれに書物をあさり、覚え書きをかねて投稿中~

「身寄りのない独居高齢者の身元保証問題に対する医療ソーシャルワーカーの望ましい支援とは」富田幸典、谷川和昭(2022)

2022-10-18 14:01:16 | 社会福祉学

副題:兵庫県・岡山県の実態調査より

『関西福祉大学研究紀要 第25巻』

 

医療機関に従事するソーシャルワーカーに対し、質問紙調査を実施し、支援の在り方を整理、分析している。

目新しい知見は見受けられないが、現場で奮闘しているソーシャルワーカーが直面している課題を、丁寧に整理している。

今後、確実に増加していくであろう身寄りのない独居高齢者への対策を検討するうえで、参考になると感じた。

 

引用

身寄りのない独居高齢者の身元保証問題に対する医療ソーシャルワーカーの望ましい支援については、①成年後見制度、生活保護制度などの活用を図る、②地域の協力を得て、多職種多機関連携の要となる、③本人への説明と信頼関係の構築を図る

 

20年以上前の話になる。在宅療養支援診療所に勤務していたころ、90代の独居女性に対し、自宅での看取り支援をしたことがある。看取りといっても、唯一の家族は80代の妹さんで、同居ではなかった。「家」でこのまま死んでいきたいという本人の思いを、ただ叶えようとしただけである。住んでいたアパートは、築50年以上がたった木造アパートで、隣に大家さんの家があった。アパートには本人しか住んでいなかったため、本人が亡くなったらアパートを閉じる予定であった。生活保護を受けていたため、死後の手続きはケースワーカーさんが妹さんと一緒に行うことで合意が得られ、家で亡くなることは大家さんが了承してくれた。了承してくれるどころか、食事を運んでくれ、安否確認をしてくれ、強力なサポーターであった。そんなこんなで無事に?「家」で亡くなることができたが、これはなによりも、地域の力があったからだと痛感している。一人でも「独居で死にそうな人を、このまま家に置いておくなんて!」と反対したら、きっと実現はしなかったであろう。

これからの日本は、きっとこういう方が増えていく。どう支えていくのか、支援者にも本人にも、準備と覚悟が必要だと考える。

 

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「社会福祉法人の地域貢献活動に関する検討‐大都市の高齢者施設に焦点化して‐」大洞菜穂美(2019)

2022-10-06 10:58:12 | 社会福祉学

『十文字女子学園大学紀要』Vol.50

 社会福祉法人が行っている地域貢献活動について、その促進要因と阻害要因をインタビュー調査を通して明らかにしている。税制上の優遇を受けている社会福祉法人は、地域貢献を行うことを一つの責務とされている。その実態について、分かりやすく報告されている。

 

引用

・(調査結果より:調査対象の)すべての法人で地域貢献活動を行っていた。内容について大きく分けると、「地域交流を目的とした活動」「認知症カフェ、認知症サポーター養成講座講師」「地域からの要望や協力で行っている事業」「法人独自事業」となった。

・「法人独自事業」とは、ランチ交流会や体操教室、栄養教室、就労審など、いずれも職員が自分たちになにができるのか、またどんな地域課題があるか検討したうえで行われている。

・(活動への阻害要因)①社会福祉法人本部の地域貢献活動に対する意識格差がある、②理事に対する理念の具体化及び啓発の機会がない、③社会福祉法人のミッションについて認識が乏しい

 

新型コロナウイルスが流行し、福祉施設が地域とつながる機会が激減している。そして、家族とすら手を取り合えない福祉施設入所者も少なくない現状は、異常という言葉では表現できないくらいである。

社会福祉法人は地域に根差し、地域に貢献し、地域の人とともに生きていく…こういった類の理念を掲げている組織は、とても多い印象を受ける。私の勤務先も然、である。しかしながら、予算や人手ややる気や…いろいろなものが足かせになり、結局のところ、「新しくできた、あそこの建物はなんだ?」と思わせる、対象となってしまったのである。

法人本部は施設とは異なる行政区にあり、経営者集団は親族で構成されている。似通った環境で生活をしていた人たちが、おかしな共通の認識で、組織としての成長の幅を狭くしているのではないか?と思わされることが多々ある。組織の内側に皆が集中するのではなく、外の世界に目を向けてほしい。この論文を読み、痛切に感じている。

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「人生の終盤に向かう過程の事前準備支援に関する対話へのケアマネージャーの関与」

2022-10-03 13:45:40 | その他

島田千穂、伊東美緒、児玉寛子/第67巻第7号『厚生の指標』2020年7月

 

その人の人生の終わりの時期に深く関わっていくケアマネージャーを対象に、質問紙調査を実施している。

「どのように過ごしていきたいか」の対話について、高齢者本人、そして家族と、どのくらい・どのように行っているのかを確認している。

 

引用

(調査結果から)

・ケアマネージャーの97.8%が、人生の終盤に備えるための準備支援が必要と回答し、その必要性は高く認識されているにもかかわらず、8割以上の利用者に対して事前に対話していた人は12.0%にとどまった。

・ケアマネージャーの基礎資格との関連をみると、利用者本人、家族との事前対話頻度との優位な関連は見られなかった。

・ケアマネージャーの介護に対する介護規範意識によって、本人との事前対話への関与の程度は異なり、(中略)家族が看取りにかかわるべきと考える人ほど、本人との対話は少なくなっていた。

 

「人生をどのように終えたいか」「どの程度までの積極的な治療を希望するのか」など、人生の終盤には、事前に決めておきたいとても大切な事柄が詰まっている。

その人の終わり方は、家族の意向に左右されるかもしれないし、その時に関わっている専門職の価値や力量に左右されるかもしれない。それゆえに、ある程度は明確に、意思表明をしておく必要があるのだと思う。

今は望めばどこまでも、「生き長らえる」ことができるようになった。だからこそ、自分のしんどいと感じることを、早めにわかりやすく、家族や近しい人に伝えていければと思う。ケアマネージャーのみならず、人の生活を支える人たちには、「死」をタブー視せずに、日ごろから話し合えるきっかけを作っていって欲しいと願う。

 

 

 

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「病院の図書室‐病院図書室と患者図書室、そしてその先へ」山口直比古(2016)

2022-09-29 14:56:10 | 図書館学

『情報の科学と技術』66巻9号

病院に配置されている図書室の役割について、対象者別ある2種類に概説している。地域にある「公共図書館」とは異なる図書館の、その役割を知ることができる。

 

引用

・病院には医学情報を提供する図書室が二種類ある。一つは医学図書室とでもいうべき性格のもので、医師や看護師などの医療関係者や病院職員のための、医学・医療情報を提供する図書室である。もう一つは患者図書室と呼ばれるもので、病院内の外来受付などの近くにあり、患者やその家族、一般市民向けに医療・健康情報を提供する図書室である。

・患者図書室の役割は、患者の知る権利を保障し、情報の面から患者の自己決定を支援することである。

・病院や図書館には様々な人々が集まるが、病院(病気)と図書館という二つのキーワードの交わるところに、司書という仕事の新しい姿が見えてくる。

 

 私は産前に長期間入院をしていたが、そこでは隔週でワゴンを本に入れ、病室を訪問してくれる「図書貸し出しサービス」があった。おそらくボランティアさんが担っていたと思われるが、本を探している時間、担当の人と話している時間は、「患者」ではない日常を感じられるとても大切な時間であった。とても退屈で不安な入院生活を支えてくれた、欠かせないサービスであった。本はいわゆる「学習」のためのツールにとどまらず、「娯楽」をもたらしてくれるツールでもある。まちの中にある「公共図書館」のみならず、病院内にある図書室(もしくは移動図書サービス)にも、もっともっと期待できることがあると感じている。

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「高齢者介護施設におけるケアの質の認識と職員間の情報共有との因果関係」山口生史(2018)

2022-09-13 14:29:02 | その他

『日本コミュニケーション学会』Vol.46 No.2,2018

 仕事の質と組織内職員間の情報共有との関係について、質問紙調査を通して探っている。特に、「情報共有の正確性」と「情報共有のタイミング」に焦点を当てている。

 

引用

・(先行研究より引用)自己効力感が向上した従業員は、その認識が低下した従業員よりパフォーマンスが上がっていた。

・仕事の質は、組織全体のあらゆる職員の連携と協働で維持され、向上するものである。

・情報を得ていないとか、伝達されるべく情報に気づいていないという状態は、情報の循環、すなわち情報共有が十分になされていないということである。

・情報共有とは、組織内の各グループ(部署やチーム)間や職員間で隠ぺいすることなく交換し、情報を組織内でとどこおりなく循環させることといえるだろう。

・(調査結果からの考察)高齢者介護施設内全体の職員間で、施設内で起こった感染症などの緊急事態、事故、ヒヤリ・ハットの情報が正確に共有されていると施設の職員が認識しているほど、彼らは自分の施設のケアの質が良好であると認識していた。

 

職員間のコミュニケーションが円滑に行われていると、ケアの提供も円滑に行われ、そしてさらに複雑な(難しい)ケアの実現にも前向きに取り組める。これは、私が介護施設に勤務しているなかで、痛感していることである。しかし残念ながら、今はそれが「できていない」という状況からの逆説的な痛感である。

私は以前、医療機関に勤務していたが、それはたまたまであったのか、多職種で構成されているにも関わらず、コミュニケーションがとても上手に取れていて、「初めてのケース」で「大丈夫かな。対応できるかな」と不安があっても、少しづつではあったが支援がうまく続いていた。しかし介護施設では、同じ職種が多いチームであるにも関わらず、「理解」「共感」「納得」がどうも円滑にはいっていない。同じ職種がゆえに、「言わなくても分かるだろうから、いちいち言わない」ということなのか、「そこまで言わないと分からないの?」ということなのか。はっきりとは見えてこないが、どうやら「暗黙の了解の域」が各々違うのに、同じ職種であるがゆえに、「わかっているはず」というフィルターは、各々持ってしまっているからではないか?と本論文を通して、気づいた。

コミュニケーションの在り方で、仕事の捉え方、仕事の質向上との関連性などに気づくことができ、今の私には新鮮な論文であった。

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「ケアラー専門職の心のありよう‐仕事の介護と親の介護の両立について‐」岩井佑佳音、秋山恵美子(2022)

2022-09-08 08:22:30 | 社会福祉学

『介護福祉士』2022.3 No.27 

職業として介護に従事している人が、身内の介護も両立する必要になったとき、その心の在り方はどのようなものか。そして必要な支援は何か。

これらを明確にするために、質問紙調査を通してまとめている。

 

引用

・(調査結果より)「仕事の介護と親の介護は違う」「親には感情的になってしまう」

・ケアラー専門職が親の介護への責任感から解放されることの重要性、親の介護で追い詰められないようにするための精神的支援及び仕事と介護の両立支援研修の場の必要性が示唆された。

 

労働人口が減少する中、介護離職をいかに減らしていくのかが、現在のそしてこの先何十年も続く我が国の課題であろう。そのために入所施設を増やしていくことが政府主導で進められているが、そもそも介護従事者が少ないことが無視されていると、福祉現場で働く知人らと怒りやら飽きれるやらで、その政策を見ている。そのすっぽりと抜けている部分に焦点をあて、そして声を出していこうとしているのが本論文である。

調査結果には自由回答もあり、そのコメントは全く当然の主張であり、もっともっとフォーカスされるべきものであると強く思った。

保育士をしている友人が、自分の子育てと保育士という仕事のバランスにとても苦労しているが、介護職は終わりが見えにくい介護との両立であるため、もっと苦しいものかもしれない。多くの人の声が、きちんと届くことを切に願う。

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「社会福祉援助技術としての葬儀‐ターミナル・グリーフケアの狭間に‐」大西次郎(2012)

2022-08-30 13:08:11 | 社会福祉学

『佛教大学大学院 社会福祉学研究科篇』第40号(2012年3月)

 

遺族に焦点をあてたグリーフケアではなく、死にゆくその人を中心にとらえた支援とは?について、

論じている。

「終活」という言葉が登場する少し前に書かれた論文であり、「そういう捉え方をしていた時期もあったな」

という部分も多い。しかし、葬祭、ターミナルケア、グリーフケアといった事柄について丁寧に概説されており、

頭の整理には大変役に立った。

 

引用

・特別養護老人ホームを主体とする生活施設へ高齢者が入居するその時こそ、彼(女)ら自身の死に対する悲嘆を汲み取るべき、一つの重要な契機なのである。

・(先行研究を概観した結果を踏まえ)死後の処置にまつわる行為の中で、死に逝く本人へ向けた眼差しは極めて乏しいのである。

 

私は現在、特別養護老人ホームに勤務しているが、施設での看取りは「一般化」していると認識している。しかし本論文で指摘されているような高齢者自身への喪失へのサポートはなく、「看取りに対する意思確認」を「家族」に行うことで、「看取りケア」を実践していると職員が体感している部分が多い。

 

コロナ禍で面会ができていない入居者でも、「看取り」のステージにくれば、一定の制限はあるものの面会は可能となっている。職員は「家族」には思いを確認するが、本人にはどの程度確認できているのか?…正直なところ、十分ではないと考えている。それは入居時点で、重度の認知症のために意思確認が困難であることも一つの原因ではあるが、それよりも、入居者がそれまで生きてきた時間に職員が目を向けていない、ということも少なからず原因であると考えている。

「認知症の手がかかる人」「体が大きいから、移乗介助が大変な人」「食事介助に時間がかかる人」…いま、目の前にいる入居者に対して、いまのその状況にネガティブにとらえがちであることも否めない。

施設での看取りが増加していくことを考えると、ターミナルケア・グリーフケアという以前に、その人を捉えるチカラが、支援者に求められているのであろうと痛感している。

 

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「DV被害者である親が経験する子育ての実態」増井香名子、岩本華子(2022)

2022-08-01 10:11:49 | 社会福祉学

副題:当事者インタビューの分析から児童福祉実践への示唆

DV被害者である女性が、その現実と向き合いながら子育てをしていく実態について、当事者のインタビュー調査を通して明らかにしている。

 

引用

・被害親(DVを受けた母親)の子育ては、加害親(DVの加害者)による暴力と支配により「親機能の奪われ」を経験すること、一方で暴力と支配に対抗し「親機能の必死の遂行」を行っていることが明らかになった。

・日常のなかで子育てを遂行することがさまざまに壊され困難がもたらされるなかにおいて、被害親の相当ながんばりにより子どもの育ちが実際に支えられていることが明らかになった(←被害親のストレングス)。

 

インタビューの回答内容は、読んでいてしんどい気持ちになるものもあるが、それは現実に起きていることなのである。

そう思うと、過酷な状況下においても、必死にその場面をしのぎ、日々を生き抜いていることの強さに驚かされる。

DV被害者は弱者であると思われがちであるが、子どもの前では「強さ」を発揮していることが多くある。

筆者も述べているが、その「強さ」に気づき生かしていくことが、長期化していくであろう子育て支援を効果的にしていくのだと思う。

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『施設高齢者の居住性を支える「逆ショートステイ」の実践的研究』立松麻衣子(2017)

2022-07-02 09:32:49 | その他

副題:介護事業所と地域の役割相乗型連携による高齢者の地域居住に関する研究 『日本家政学会誌』Vol.68 No.6

 特養など、いわゆる終の棲家への施設入所となると、高齢者は家族や地域から分断された空間で過ごすことになる。そういった施設高齢者の社会関係の維持・再構築を意図した取り組みを実施し、効果を整理しながら、施設高齢者が社会とのつながりを意識しながら生活することの影響を検証している。「逆ショートステイ」という聞きなれない言葉で表現されているが、取り組み例を紹介していることもあり、とても分かりやすい報告であった。

 

引用

・逆ショートステイが高齢者にもたらした良い効果…①保障性・安定性・快適性・安心性・貴族性(施設以外にも、自分を迎えてくれる場所がある、と体感できる。) ②入所前の生活との継続性 ③意識の変化(生活主体者としての意識の変化が起こった。) ④家族関係の再構築 ⑤生活の安心感と施設への帰属性 

・逆ショートステイが家族にもたらした良い効果…①精神的効果(入所させたことへの罪悪感を払拭できた等) ②逆ショートステイ実施体制づくりの協力 ③施設生活への協力(家族が施設に抵抗なく足を運べるようになった等)

 

 コロナ禍の今、施設で生活をしている高齢者の社会との分断は、より一層強いものになっていると実感している。面会の機会も制限され、外出も緊急時以外は控えることを余儀なくされている。そのため、生活にメリハリがなくなり、「出されたものを食べる、流れているテレビを眺める」といった、味気のない生活が「日常」となってしまうのである。施設職員も、家族の出入りがないためか、居室などの掃除はおろそかになり、居住空間というには忍びない状態であることも、残念ながら体感している。施設職員の慢性的な人員不足が解消されない限り、質の高いケアは実現できないという主張も否定はしない。しかしながら、この論文を読み、社会と切り離されていることがどれだけの弊害を生んでいるのか、身につまされる思いである。

 

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「学校教育における慢性疾患や障害のある子どものきょうだい支援の課題」滝島真優(2021)

2022-06-13 16:16:52 | 社会福祉学

【副題】教員によるきょうだい児の認識とかかわりの現状分析から 『社会福祉学』第62巻第4号

きょうだい児に対する教員の認識を明らかにし、学校教育における組織的なきょうだい児支援の在り方について検討することを目的としている。

方法として、教員に対する質問紙調査を実施している。自由記述では、苦悩しながらもきょうだい児と向き合おうとされている教員の姿を知ることができ、現状を丁寧に取り上げている印象を受けた。

 

引用

・学校生活における影響については、3割弱のきょうだい児に行動面や学習面などに関する影響がみられると教員は感じており、(中略)きょうだい児が必要以上に努力する様子や常に周囲に気を遣うなど学校生活上の過剰適応と捉える記述も示された。

・調査を通じて、教員が家庭の事情を詳細に把握することの困難さがあることが分かった。(中略)教員はきょうだい児の生活背景の一部を捉えることは可能であるとしても、(中略)きょうだい児の生活状況に応じて個別に直接的な支援を提供するには制約がある現状が想定される。

・今回の調査では、きょうだい児への対応については教員個々の努力による解決が図られており、学校専門職との連携を踏まえた組織的な対応事例は限られていることがわかった。

 

領域を問わず、支援の一番最初の最初は「有志」や「熱い想いのある人」など、個人の裁量(力量?)によって担われている。きょうだい児支援はようやく学術的にも注目をされるようになり、「専門的に」「組織的に」の取り組みの第一歩になり始めているのだと思う。

医学が発達し、一命をとりとめることが可能になった新生児が増え、医療的ケア児への支援が進んでいる。医療的ケア児には、きょうだいがいるかもしれない。そのきょうだいが支援の一端を担うことも少なくないであろう。それを考えると、医学、社会福祉学、教育学、心理学などなど、横断的な支援の検討がより一層、重要になってくるのだと思う。

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