副題:「何の役にも立たなかった」人生から「人の役に立ちたい」人生への展開
生命倫理 Vol.21 No.1 2011.9
福祉施設に勤務している筆者が、ターミナル期にある利用者との関わりについて、ナラティヴアプローチで分析。
また、ターミナル期におけるソーシャルワーカーの役割について、その専門性はアドボカシーであると提起している。
引用
ナラティヴアプローととは⇒
現実が客観的に存在するのではなく、そこに関わる人々の相互作用を通して、社会的に構成されるということである。ナラティヴアプローチは、語り(ナラティヴ)によって現実を理解していく方法である。
アドボカシーとは、本人の権利を擁護する代弁機能だけではなく、当事者と行動をともにする同伴者のような役割も持つのではないかと考えている。理想的な最期やあるべき看取りのあり方を当事者にあてはめて周囲が解釈したり評価したりするのではなく、当事者の語りに耳を傾け、その物語に最大限敬意を払う姿勢が関わる者には求められる。ソーシャルワーカーがターミナルケアに関わる時、その人のこれまでの生き方が生かされるように、そして、その思いが生活の中で実現していくように環境を整えていくことも、アドボカシーの意味ではないかと考える。
社会福祉士(ソーシャルワーカー)の専門性って何?と大学院時代の恩師と話をしたときに、「アドボカシー」であるという答えに行き着いた。それを後押しする論文であり、個人的にとても嬉しかった。
医療機関ではなく社会福祉施設であっても、質の高いターミナルケアは提供できるという証であろう。
しかし一方で、ソーシャルワーカーのなかでも、ここまで意識をもってひとりひとりの利用者に向き合える人は少ないであろう。それが時間的なものであれ、技術的なものであれ…。
そこに、質の高いターミナルケアを構築していく課題が潜んでいると痛感する。
生命倫理 Vol.21 No.1 2011.9
福祉施設に勤務している筆者が、ターミナル期にある利用者との関わりについて、ナラティヴアプローチで分析。
また、ターミナル期におけるソーシャルワーカーの役割について、その専門性はアドボカシーであると提起している。
引用
ナラティヴアプローととは⇒
現実が客観的に存在するのではなく、そこに関わる人々の相互作用を通して、社会的に構成されるということである。ナラティヴアプローチは、語り(ナラティヴ)によって現実を理解していく方法である。
アドボカシーとは、本人の権利を擁護する代弁機能だけではなく、当事者と行動をともにする同伴者のような役割も持つのではないかと考えている。理想的な最期やあるべき看取りのあり方を当事者にあてはめて周囲が解釈したり評価したりするのではなく、当事者の語りに耳を傾け、その物語に最大限敬意を払う姿勢が関わる者には求められる。ソーシャルワーカーがターミナルケアに関わる時、その人のこれまでの生き方が生かされるように、そして、その思いが生活の中で実現していくように環境を整えていくことも、アドボカシーの意味ではないかと考える。
社会福祉士(ソーシャルワーカー)の専門性って何?と大学院時代の恩師と話をしたときに、「アドボカシー」であるという答えに行き着いた。それを後押しする論文であり、個人的にとても嬉しかった。
医療機関ではなく社会福祉施設であっても、質の高いターミナルケアは提供できるという証であろう。
しかし一方で、ソーシャルワーカーのなかでも、ここまで意識をもってひとりひとりの利用者に向き合える人は少ないであろう。それが時間的なものであれ、技術的なものであれ…。
そこに、質の高いターミナルケアを構築していく課題が潜んでいると痛感する。