いのしし くん。

政治、経済から音楽全般の評論
ultimate one in the cos-mos

震災と現地主義。 disaster and spottism

2012-08-20 19:40:36 | 日記
 (1)東日本大震災の復旧、復興事業計画の進展が遅れている。復興庁の設置で専従的に復興行政、政策対応を進めることになっているが、復興全体像、計画、具体的政策が見えないうえに拡大解釈による放漫、放出財政化を恐れて基準化、条件化、事例化を「非現実的」に厳密化し、復興行政のためにせっかくの補正予算執行が滞(とどこお)って兆円単位で積み残ったり、募金、補助金の支給、配分の遅れとなって効果的な復興対応が出来ていない。

 民主党政権はそれ以前の官僚政治のへい害打破をスローガンに政治主導をテーゼ(these)としたが、ここでも結局官僚型ステレオタイプ(stereo type)行政のきまりきった基準化、条件化、事例化の枠にはめて復興事業を制度化して、適用例が限られて震災現場の要求とのギャップを生んで効果的に復興対応できていない。

 大震災のような「ゼロ」からのスタート、非常事態の対応にあたっては復興計画全体像の提示はもちろんのことだが、出来るものから「現実的」に対応してまず実績を積み上げていくのも方法論で、それを見極めるのが政治主導というものだ。
 あまりに基準、条件、事例にこだわる官僚型行政に偏向したへい害が復興事業計画を形がい化している。

 (2)東日本大震災の発生から1年5か月も経過して、ようやく震災汚染土壌を保管する中間貯蔵施設の候補地について政府は12か所を発表した。
 まずは仮置き場から中間貯蔵施設の設置にあたっては、放射性物質による環境汚染問題もあり帰宅を強く希望する被災地からの抵抗感もあって、必ずしも全面的な協力を得られていない。そうしたことが汚染土壌保管施設の設定に遅れをきたしてきた。
 被災地現地(a spot of desastrous district)での政府、行政機関の設置を含めた立ち遅れ、きめの細かい対応不足が大きく影響してきている。

 (3)被災地のガレキ、汚染土壌を全国広範囲に拡散して、震災危険を不必要に広めることは危機管理対応としては極力避けるべきで、危険を不必要に共有することが復興協力ではない。
 放射性物質の影響のないガレキ、土壌類は、高台、高層堤防部分に利用するなど計画的、効果的、選別的、考察的な利用方法を「開発」して対応が求められる。
 問題提起型で考える政策方針のなかで、被災地住民、自治体の現地主義(spottism)意識による協議、協力が不可欠だ。
 復興庁の出先機関よりは官庁、大臣への直接の要望が優先するような、被災地と政府との現状関係体制では意味も意義も効果もない。

 (4)中間貯蔵施設候補地12か所は福島第1原発、第2原発周辺に集中しており、環境適応性、工事稼働(効率)性、管理集約性を考えればやむを得ない選別だ。
 該当する地元住民、自治体との情報開示性の高い多角的なデータ提示で説明力の高い協議、協力対応が必要だ。
 復興庁、出先機関の行政対応が機能しているのか、震災復興への行政着手が計画的、統一的、統合的でないのが問題だ。

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