暇な時間をみては、周辺の歴史の勉強をしています。
歴史をたどるには、どうしても古くから歴史が残ると言う点では、寺社仏閣の話が多く出てきます。県南内陸部の寺社仏閣の歴史を見てみると、創建には平安時代の初代征夷大将軍の坂上田村麻呂の名前が多く関係しています。実際にそんなに数多く廻ったとは考えられませんので、これは家系図を書く時に「源平藤橘」を先祖に据えたのと同様のことなのでしょうか。
その次に多かったのが江戸時代の佐竹氏の移封に伴って、常陸から召喚された寺が多く見られました。特に角館辺りではそういった寺が多かったようです。
また郷土民芸を調べると「ささら」「番楽」といったものが多く存在することです。今までこうしたものはほとんど見たことはありませんでしたし、見てもその良さを理解するには時間が掛かりそうなので、当面は見合わせるつもりですが、その中には人が少なくなって伝承が途切れてしまっているものも散見され、とても残念です。
時々のち
歴史をたどるには、どうしても古くから歴史が残ると言う点では、寺社仏閣の話が多く出てきます。県南内陸部の寺社仏閣の歴史を見てみると、創建には平安時代の初代征夷大将軍の坂上田村麻呂の名前が多く関係しています。実際にそんなに数多く廻ったとは考えられませんので、これは家系図を書く時に「源平藤橘」を先祖に据えたのと同様のことなのでしょうか。
その次に多かったのが江戸時代の佐竹氏の移封に伴って、常陸から召喚された寺が多く見られました。特に角館辺りではそういった寺が多かったようです。
また郷土民芸を調べると「ささら」「番楽」といったものが多く存在することです。今までこうしたものはほとんど見たことはありませんでしたし、見てもその良さを理解するには時間が掛かりそうなので、当面は見合わせるつもりですが、その中には人が少なくなって伝承が途切れてしまっているものも散見され、とても残念です。

