(三途川上流)
青森県の鉱山のお勉強は、まだ基礎資料を集める段階なので、資料を見つけるたびにいろいろな地域に飛んでしまいます。今日は恐山周辺の鉱山のお勉強でした。恐山は日本三大霊山のひとつと云われ、イタコの口寄せなどあの世とつながる場所とも称され、その荒涼とした景色がそれを強く感じさせています。
でも、この光景になったのは、実は明治以降の硫黄採掘が原因で、目の前に広がる宇曽利山湖も、もともともっと水面が高い場所にあったようですが、湖の水の流れだし口周辺を採掘で掘り下げたため、水面が低下したとの話。かつて鉱山が賑わっていた時代には、現在の三途川近くに飯場や遊郭などもあり、今の雰囲気とはだいぶ違ったとの話もあるようです。
多くのサイトでは、明治中頃に三井鉱山㈴が開発を行い、その後昭和の太平洋戦争前後には王子製紙㈱が一括して恐山鉱山として経営したとの表記が多くなっていますが、調べてみると、三井鉱山以前にも多くの個人により硫黄採取が行われ、江戸時代には金の採掘地であったとのこと。
(下北鉱山近く?)
平成元年に恐山周辺に世界最高品位の金鉱床があるとの報道があり、話題になったそうです。多くの金鉱山はその含有量は1トンの鉱石から10~20g前後あれば良い方だと云われていますが、ここは一部の場所で436g/tとの話。ただ周辺は国定公園で開発はNG。景観を台無しにするとのこともあり、また火山地帯で多くの硫化水素ガスや砒素が含まれることから開発は当面、出来ないとしているようです。観光で訪れる方は多い場所ですが、そうした視点で見てみるのも面白そうです。
のち時々