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京都の助産師かばん、「母と暮らせば」登場 吉永小百合さん使用

2016年01月09日 23時55分40秒 | 医療情報
京都の助産師かばん、「母と暮らせば」登場 吉永小百合さん使用

その他 2016年1月8日 (金)配信京都新聞

 公開中の山田洋次監督の最新映画「母と暮せば」に、京都府亀岡市の助産師が使っていた往診用のかばんが小道具として登場している。吉永小百合さん演じる助産師のものという設定で、制作スタッフが本物にこだわって探し当てた。かばんは、所蔵する市文化資料館(同市古世町)で展示している。

 映画は長崎原爆がテーマで、助産師の女性の前に、3年前に原爆で亡くなった息子(二宮和也さん)が現れるというファンタジー。

 かばんは同市篠町柏原で助産院を開いていた故畑静子さんの遺品で、市文化資料館に寄贈されていた。制作スタッフが小道具を探していたところ、同資料館が3年前に開いた企画展「かめおか子育て物語」で展示されていたのをインターネットで見つけ、借用を申し出た。

 かばんは黒の革製で底幅が広く、横からは三角形に見える。持ち手が変形するなど長年使い込まれた形跡がある。制作スタッフは「小道具の会社が扱っているかばんだとひと回り大きく、小柄な吉永さんには合わない。ちょうど良いバランスで品のある形の物が見つかってうれしかった」とパンフレットに記している。映画では往診シーンなどに度々登場している。

 資料館では、吉永さんのサイン入りの企画展図録とともに展示している。撮影現場を見学した同資料館の上甲典子学芸員は「吉永さんは『私も生まれたとき産婆さんに取り上げてもらいました』と話してくれた。館が所蔵する資料の新たな活用法となった」と話している。本年度末まで展示予定。ロビー展のため無料。
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(患者を生きる:2963)がん おひとりさま:4 「さいごまで自分らしく」

2016年01月09日 23時47分24秒 | 医療情報
(患者を生きる:2963)がん おひとりさま:4 「さいごまで自分らしく」

臨床 2016年1月8日 (金)配信朝日新聞

 乳がんに続いて、子宮体がんが新たに見つかり、手術を受けた東京都杉並区に住む会社員の女性(49)は2012年8月下旬、抗がん剤治療を受け始めた。9月からは会社勤めも再開した。

 抗がん剤の影響で、全身の倦怠(けんたい)感やしびれのほか、食べ物の味がしないなどのさまざまな副作用に襲われたが、「クビにならないように」と仕事をするのに必死だった。「がんになっても働けると証明してやる」という思いもある。その一方で、働けることへのありがたさも感じていた。

 12年11月。抗がん剤治療の4回目は、特に副作用がひどく、冷蔵庫から水を取り出すのさえ難しい日があった。ほとんど飲まず食わずで寝て過ごす日々。会社も10日間ほど休まざるを得なかった。

 抗がん剤治療は約4週間の間隔で計6回。治療は翌年1月まで続いた。治療中、「寂しい」とは思わなかったが、病気との闘いは孤独だ。当時はブログを書くことが日課のようになっていた。

 「私はまだ、ブログを通して多くの人に支えられ、働く職場もあって、社会とつながっていると思うので、何とか保っていられる」「どこかでひとりで病気治療にあたっている人の孤独を考えると辛いです」。そう書き込んだこともあった。

 抗がん剤治療をためらっていたとき、「治療はしてください 生きてください」とメッセージを残してくれた人もいた。

 自分の体験や思いを伝えるブログは今も続けている。多くの人が閲覧しているわけではないが、「私の言葉でないと、響かない人がいると思うから続けている」と言う。

 抗がん剤治療も無事に終え、現在は乳がんの再発防止の薬を飲み続けている。検査などのため、3カ月に1度は病院に通う。

 今やおひとりさまでがんになることは、決して特別ではない。

 二つのがんを経験し、お金や生活で困ったことはあった。でも、病気になったのは自分のせいでも誰のせいでもない。「これは自分が歩んできた道なんだ」と受け止めている。

 そして、今はこう思う。「さいごまで自分らしく生き切るんだ」(田内康介)

 ■ご意見・体験は、氏名と連絡先を明記のうえ、iryo―k@asahi.comへお寄せください。

     *

 「患者を生きる」は、有料の医療サイト・アピタル(http://www.asahi.com/apital/)で、まとめて読めます。
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インフルエンザ:流行まだ 9年ぶり年越し、高温多雨が一因

2016年01月09日 23時43分00秒 | 医療情報
インフルエンザ:流行まだ 9年ぶり年越し、高温多雨が一因

臨床 2016年1月8日 (金)配信毎日新聞社

 暖冬の影響で、季節性インフルエンザの全国的な流行が遅れている。例年12月には流行入りが発表されるが、今年は9年ぶりに年を越しても発表されず、厚生労働省が7日公表した最新の患者数も流行入りの目安に達していなかった。ただ過去には流行が遅れてもその後急増したシーズンもあり、医療関係者は早めの予防接種を呼びかけている。

 「年末年始はインフルエンザの患者が多いものだが、今年はガラガラ」。7日、東京都文京区の細部小児科クリニックの細部千晴院長はこう話した。感染性胃腸炎の患者数は例年通りだが、インフルエンザ患者の少なさが際立つという。

 厚労省が7日発表した、約5000ある定点医療機関からの昨年12月21~27日(第52週)の患者報告数は3734人。1医療機関あたり0・76人で、前週の0・46人より増えたものの、流行入りの目安となる1人を依然下回っている。過去5年、同時期の報告数は9000人余りだった2013年を除いて1万人を超え、爆発的に流行した14年は13万人超に上った。同年は11月に、他の年も12月には流行入りした。

 一般にインフルエンザは寒さが厳しく、空気が乾燥する12月から翌年3月にかけて流行する。国立感染症研究所感染症疫学センター(東京)の砂川富正・第2室長は「湿度が低く、乾燥状態が続くと、喉や気管支の防衛機能が低下し、感染が起こりやすくなる」と流行のメカニズムを説明する。

 インフルエンザウイルスと気象との関連などを研究している大橋唯太(ゆきたか)・岡山理科大准教授は今冬の流行遅れについて、「11月から12月にかけて全国的に高温多雨の傾向が続いたこと」を一因とみる。大橋准教授によると、12月は全国的に降水量が例年より多く、日中の気温も高かったため、大気中の水蒸気量が増えたという。この多湿環境がウイルスの感染拡大を抑えたと分析する。

 国立感染症研究所によると、近年も04~05年と06~07年は流行入りが年を越したが、05年は1月下旬以降、感染者が急増し、07年は春以降も流行が続いた。砂川室長は「インフルエンザの抗体ができるまで時間がかかる。できる限り早めに予防接種を受けてほしい」と呼び掛けている。【山崎あずさ、久野華代】
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