「医療安全順守と質の向上願う」天野篤・順天堂大教授
事故・訴訟 2016年1月7日 (木)配信毎日新聞社
ひたむきに生きて:医療安全順守と質の向上願う=天野篤・順天堂大教授
◇研修医や患者さんと共に
医師国家試験まであと1カ月あまり。試験では3日間で500問を解きます。今の医学生は、私のころより問題数が多くて負担も大きいようですが、多くの知識を得て研修医生活に入ることは患者の皆さんのためになるので、しっかり試験に立ち向かってほしいです。
さて、より重要なのが、合格後の医師たちを受け入れる研修体制です。研修では、一定のルールに基づき、責任を持って教育することが求められます。そのルールとは、診療行為の中で患者の安全を常に考慮する医療安全の順守、さらに研修医といえども「医療の質を保証する」という心構えと実践です。
昨年は、手術、特に公的な医療保険で認められていない腹腔鏡(ふくくうきょう)関連の治療で患者が亡くなるという不幸な事例が、いくつも報告されました。医療安全の根幹を揺るがす問題だったため、厚生労働省は、高度な先端医療を担う特定機能病院で医療安全を柱とする診療体制を再点検し、医療事故調査制度も実現しました。医療安全は、患者一人一人の人権を尊重しながら医療過誤を極力回避する病院診療の中心となる原則ですが、治療によって思わぬ副作用や合併症が起きることもあり、迅速で丁寧な説明をしながら最適な対処をする方針も含まれています。
医療安全の徹底には患者の皆さんの協力が欠かせません。診察や手術開始前には間違いが起きないように「名前と生年月日」を確認しますが、「面倒くさい」と感じる患者の方もいるようです。医療者は採血や検査の前に手指の消毒だけでなく、感染を防ぐため手袋をつけなければならないのですが、「温かみがない」と感じている方もいます。事前の検査で、転倒による骨折を防ぐため高齢者には車いすでの移動を勧めていますが、「年寄り扱いだ」と嫌悪感をいだく方もいます。それでも分かりやすい説明を心がけ、診療経験の多少に関わらず、こうした取り組みを常に続けることが義務付けられているのです。
医療の質を保証していくため、検査や治療の際には、滅菌や消毒、汚染物の処理法、薬物や医療器材の管理法などを厳重に守らなければなりません。大規模な災害への備えでは、避難訓練や職員の対応に偏りがちですが、扱っている多くの引火物や有毒ガスが出る薬物にどう対処すべきかを日ごろから考えておくことが重要です。患者の皆さんを誘導したり、トイレ内に閉じ込められた人がいないかを確認したりすることも必要です。
このように、一見して当たり前のように思えることを患者の皆さんに周知し、必要な協力を得るためにも、医療従事者は患者からの信頼を得ていることが必要です。医療界が昨年の反省を踏まえつつ、今年もより一層、患者の皆さんとの信頼関係を築き、医療安全を順守して医療の質を高める方向にまい進することを願わずにはいられません。=次回は2月4日掲載
………………………………………………………………………………………………………
■人物略歴
◇あまの・あつし
1955年生まれ。埼玉県出身。83年日本大医学部卒。亀田総合病院、新東京病院などを経て、2002年から現職。12年に天皇陛下の心臓バイパス手術を執刀したことで知られる
事故・訴訟 2016年1月7日 (木)配信毎日新聞社
ひたむきに生きて:医療安全順守と質の向上願う=天野篤・順天堂大教授
◇研修医や患者さんと共に
医師国家試験まであと1カ月あまり。試験では3日間で500問を解きます。今の医学生は、私のころより問題数が多くて負担も大きいようですが、多くの知識を得て研修医生活に入ることは患者の皆さんのためになるので、しっかり試験に立ち向かってほしいです。
さて、より重要なのが、合格後の医師たちを受け入れる研修体制です。研修では、一定のルールに基づき、責任を持って教育することが求められます。そのルールとは、診療行為の中で患者の安全を常に考慮する医療安全の順守、さらに研修医といえども「医療の質を保証する」という心構えと実践です。
昨年は、手術、特に公的な医療保険で認められていない腹腔鏡(ふくくうきょう)関連の治療で患者が亡くなるという不幸な事例が、いくつも報告されました。医療安全の根幹を揺るがす問題だったため、厚生労働省は、高度な先端医療を担う特定機能病院で医療安全を柱とする診療体制を再点検し、医療事故調査制度も実現しました。医療安全は、患者一人一人の人権を尊重しながら医療過誤を極力回避する病院診療の中心となる原則ですが、治療によって思わぬ副作用や合併症が起きることもあり、迅速で丁寧な説明をしながら最適な対処をする方針も含まれています。
医療安全の徹底には患者の皆さんの協力が欠かせません。診察や手術開始前には間違いが起きないように「名前と生年月日」を確認しますが、「面倒くさい」と感じる患者の方もいるようです。医療者は採血や検査の前に手指の消毒だけでなく、感染を防ぐため手袋をつけなければならないのですが、「温かみがない」と感じている方もいます。事前の検査で、転倒による骨折を防ぐため高齢者には車いすでの移動を勧めていますが、「年寄り扱いだ」と嫌悪感をいだく方もいます。それでも分かりやすい説明を心がけ、診療経験の多少に関わらず、こうした取り組みを常に続けることが義務付けられているのです。
医療の質を保証していくため、検査や治療の際には、滅菌や消毒、汚染物の処理法、薬物や医療器材の管理法などを厳重に守らなければなりません。大規模な災害への備えでは、避難訓練や職員の対応に偏りがちですが、扱っている多くの引火物や有毒ガスが出る薬物にどう対処すべきかを日ごろから考えておくことが重要です。患者の皆さんを誘導したり、トイレ内に閉じ込められた人がいないかを確認したりすることも必要です。
このように、一見して当たり前のように思えることを患者の皆さんに周知し、必要な協力を得るためにも、医療従事者は患者からの信頼を得ていることが必要です。医療界が昨年の反省を踏まえつつ、今年もより一層、患者の皆さんとの信頼関係を築き、医療安全を順守して医療の質を高める方向にまい進することを願わずにはいられません。=次回は2月4日掲載
………………………………………………………………………………………………………
■人物略歴
◇あまの・あつし
1955年生まれ。埼玉県出身。83年日本大医学部卒。亀田総合病院、新東京病院などを経て、2002年から現職。12年に天皇陛下の心臓バイパス手術を執刀したことで知られる