ひょうご:臨床美術で右脳活性化 認知症の改善に期待
2016年6月23日 (木)配信毎日新聞社
高齢化が進むなか、右脳を活性化させ認知症の症状の改善や、予防につなげたいという期待が「臨床美術」に寄せられている。独自のアートプログラムの訓練を受け、NPO法人「日本臨床美術協会」(本部、東京)に所属する臨床美術士は県内に約70人いるという。神戸市や阪神地域で活動する臨床美術士グループ「アートふるKOBE」代表の細見典子さん(59)=同市灘区=の教室に参加してみた。【松本杏】
神戸市須磨区の高台にある特別養護老人ホーム「KOBE須磨きらくえん」。今月17日、陽光が差し込む共有スペースに70~90代の女性7人が集まった。この日の講師は細見さんら臨床美術士4人で、プログラムは型押しによる「スタンピングで描く紫陽花(あじさい)」。3カ所のテーブルに青紫や赤紫、水色のアジサイが飾られていた。
「アジサイに何か思い出がありますか」。講師の一人、川本治さん(51)=同=が尋ねると、すぐに「藤色。(赤紫を指して)昔はこんな色は無かった」「市場の花屋で1、2本買うねん。けど、高いよ」と次々に答えが返り、和やかな雰囲気に。参加者は葉やがくを眺め、においをかいだり触ったりしてから制作に取り掛かった。
90分の制作中には「難しい絵、描けへんで」「ああ手が痛い」「もうええわ」という声も。その度に山本恵美子さん(52)=東灘区=ら講師が寄り添い、「楽しそう」「大丈夫ですよ」「無理しないで押してくださいね」と励ました。「やかましいわ。したいようにしたらいいやないの」と腹を立てる人にも「はい、そうですね」と穏やかに受け止めた。
完成に近付いた頃、ある女性が自分の作品を指して「どなたのか分からない」と言って席を離れ、少しして戻ると「私でけへんねん」と硬い表情でつぶやいた。「お帰りなさい」と作品の素材を示し、制作を勧める細見さん。作品に貼る和紙を選んで光にかざし「向こうが見えますね」と話し掛けると、女性の口元がわずかにほころんだ。
制作の最後の作品鑑賞会では「上手」や「へた」は禁句で、臨床美術士は質感や構図の良さを具体的に褒める。「やかましいわ」と言った女性も「絵の具の盛り具合がいいですね」と褒められ、「ありがとうございます」とうれしそうだった。岡田喜代さん(77)は「娘が来ると『いいのできたなあ』と言ってくれるんです」と目を細めていた。
細見さんは母親の認知症の進行を少しでも遅らせたいと考え、臨床美術と出合った。3年前に臨床美術士になり、神戸市垂水区や尼崎市の特養や通所介護施設でも定期的に活動する。これまで、コミュニケーションが難しかった高齢者が気持ちを伝えるようになったり、潔癖症の人が手の汚れを気にしなくなったりする変化を見てきた。
細見さんは「参加者の言動を否定しないよう細心の注意を払う難しさもありますが、臨床美術を体験した皆さんの満足そうな顔を見るのが喜びです」と話す。代表を務めるアートふるKOBEは近くNPO法人となり、「アートゆるり」と名前を変えて活動の場を広げていく。
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■ことば
◇臨床美術(クリニカルアート)
認知症の症状改善のため1996年、医療や美術、福祉の壁を越えて日本で研究がスタートした。絵に苦手意識を持つ人でも無理なく取り組むことができ、五感を刺激する独自のアートプログラムを開発。心理分析を行うアートセラピーと違い、本格的な創作活動を通じて脳を活性化させ自尊感情と生きる意欲を引き出す。NPO法人「日本臨床美術協会」が認定した臨床美術士の活躍の場は、医療機関や高齢者施設、子どもや社会人のメンタルケアなど多方面にわたる。
2016年6月23日 (木)配信毎日新聞社
高齢化が進むなか、右脳を活性化させ認知症の症状の改善や、予防につなげたいという期待が「臨床美術」に寄せられている。独自のアートプログラムの訓練を受け、NPO法人「日本臨床美術協会」(本部、東京)に所属する臨床美術士は県内に約70人いるという。神戸市や阪神地域で活動する臨床美術士グループ「アートふるKOBE」代表の細見典子さん(59)=同市灘区=の教室に参加してみた。【松本杏】
神戸市須磨区の高台にある特別養護老人ホーム「KOBE須磨きらくえん」。今月17日、陽光が差し込む共有スペースに70~90代の女性7人が集まった。この日の講師は細見さんら臨床美術士4人で、プログラムは型押しによる「スタンピングで描く紫陽花(あじさい)」。3カ所のテーブルに青紫や赤紫、水色のアジサイが飾られていた。
「アジサイに何か思い出がありますか」。講師の一人、川本治さん(51)=同=が尋ねると、すぐに「藤色。(赤紫を指して)昔はこんな色は無かった」「市場の花屋で1、2本買うねん。けど、高いよ」と次々に答えが返り、和やかな雰囲気に。参加者は葉やがくを眺め、においをかいだり触ったりしてから制作に取り掛かった。
90分の制作中には「難しい絵、描けへんで」「ああ手が痛い」「もうええわ」という声も。その度に山本恵美子さん(52)=東灘区=ら講師が寄り添い、「楽しそう」「大丈夫ですよ」「無理しないで押してくださいね」と励ました。「やかましいわ。したいようにしたらいいやないの」と腹を立てる人にも「はい、そうですね」と穏やかに受け止めた。
完成に近付いた頃、ある女性が自分の作品を指して「どなたのか分からない」と言って席を離れ、少しして戻ると「私でけへんねん」と硬い表情でつぶやいた。「お帰りなさい」と作品の素材を示し、制作を勧める細見さん。作品に貼る和紙を選んで光にかざし「向こうが見えますね」と話し掛けると、女性の口元がわずかにほころんだ。
制作の最後の作品鑑賞会では「上手」や「へた」は禁句で、臨床美術士は質感や構図の良さを具体的に褒める。「やかましいわ」と言った女性も「絵の具の盛り具合がいいですね」と褒められ、「ありがとうございます」とうれしそうだった。岡田喜代さん(77)は「娘が来ると『いいのできたなあ』と言ってくれるんです」と目を細めていた。
細見さんは母親の認知症の進行を少しでも遅らせたいと考え、臨床美術と出合った。3年前に臨床美術士になり、神戸市垂水区や尼崎市の特養や通所介護施設でも定期的に活動する。これまで、コミュニケーションが難しかった高齢者が気持ちを伝えるようになったり、潔癖症の人が手の汚れを気にしなくなったりする変化を見てきた。
細見さんは「参加者の言動を否定しないよう細心の注意を払う難しさもありますが、臨床美術を体験した皆さんの満足そうな顔を見るのが喜びです」と話す。代表を務めるアートふるKOBEは近くNPO法人となり、「アートゆるり」と名前を変えて活動の場を広げていく。
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■ことば
◇臨床美術(クリニカルアート)
認知症の症状改善のため1996年、医療や美術、福祉の壁を越えて日本で研究がスタートした。絵に苦手意識を持つ人でも無理なく取り組むことができ、五感を刺激する独自のアートプログラムを開発。心理分析を行うアートセラピーと違い、本格的な創作活動を通じて脳を活性化させ自尊感情と生きる意欲を引き出す。NPO法人「日本臨床美術協会」が認定した臨床美術士の活躍の場は、医療機関や高齢者施設、子どもや社会人のメンタルケアなど多方面にわたる。