<富山、氷見温泉(1)>
氷見駅から氷見温泉の宿までの距離は約8キロ、普通に歩けばだいたい2時間かかる。
「さあ、みなさまそろそろ宿に着きます」
氷見駅から車であれば15分である。安全運転を心掛けている送迎バスの女性ドライバーが、乗客を軽く振り返り、声を張り気味にいった。
天候が悪くなったせいでチェックインを早めたのだろう、駅で満席になった送迎のマイクロバスが氷見駅を出発し、途中で寄った番屋街で乗りこんできた男性グループは補助席を使用するほど盛況だった。
左手前方に宿「くつろぎの宿 うみあかり」の看板が見えた。
わたしは降車に備えザックを引き寄せる。いつもなら歩くのをまったく苦にしないのだが、左足先を負傷していることもあって送迎バスのお世話になることにしたのだった。
出口に一番近い席に陣取っていたわたしは、ドアが開くと、開門神事で一番福を目指す福男よろしく飛びだした。
コロナ禍なので、ここでもまずは検温、手指の消毒、を済ませてからフロントでチェックイン手続きをする。
ここでちょっと嬉しいことがあった。予定通りの地域共通クーポン券二枚(二千円)のほかに氷見市のクーポン券二枚(二千円)を戴いたのである。氷見温泉、なんとも大盤振る舞いではないか。
部屋に入るや否や、戦闘服(浴衣)に一瞬で着替えると半纏をひっかけ、大浴場に一目散に奔る。あくまでも気分であって実際には奔ってはいないけどね。この、湧きあがるわくわくする気持ちがなくなったら、わたしの旅は終わりである。
大浴場の「漁り火の湯」と名付けられた男湯に先客はまだであり、思ったとおりの嬉しい独り占めである。
たっぷりの掛け湯をしてからゆっくりと湯船に身を沈めていく。
(そういえば、氷見温泉では宿ごとに源泉が違うと言っていたなあ・・・)
「うみあかり」は岩井戸温泉といい、源泉温度は五十度くらいの化石塩水泉(ナトリウム・塩化物泉)である。
身体が充分に温まったので、露天風呂に出た。
残念なり。天気が良ければ、目の前に青い富山湾が広がり、その向こうに雪を戴いた立山連峰を望む露天風呂である。天気さえ良ければ、朝は日の出を、夜は漁火もである。
しかし、温泉はどちらといえば循環クルクル系でものたらない。温泉成分が希釈され、回され過ぎてくたくたに疲れた湯はちっとも元気を与えてくれない。
饒舌な送迎バスの女性ドライバーだが、わたしが一番で乗りこんで会話した時、声に聞き覚えがあった。「とまとカフェ」で、昼食を食べていた女性客のうちの一人の声だった。顔を覚えるより声を覚えるほうが得意技なのだ。
(そう言えば、『帰るまでにぜひとも別館の岩風呂に入ってみてください』と強めに推していたな・・・)
よし、いってみよう。
慌ただしく着替えて一階に降り、フロントの女性に慌ただしく訊いた。
「別館ってどっち?」
あ、そう、左にあがっていけばいいのね。よっしゃ。
飛び出そうとしたわたしに、待ったがかかる。
「あのォ、館内スリッパでなくこちらにお履きかえを」
下駄とクロックスとサンダルを指した。
普段使いしているクロックスに履きかえ、ウィリーなみにのけ反り、弾みをつけて一目散(こればっかし!)に走り出そうとした瞬間、また待ったがかかった。
「それではお寒いでしょうから、こちらもお使いになっていただいたほうが・・・」
指さす先に、ロング丈の防寒ダウンコートがならんで架かっている。
「いやいや、だいじょうぶだから」
薄い浴衣と半纏の装備だが、まだ温泉の余熱がたっぷり残っている。
アクセル全開して後輪をスキッドさせ白煙を出すバーンアウトをかませる気分で、大馬力のアメ車さながらに急発進、一気に坂道を駆けあがるのだった。
― 続く ―
→「高岡から、氷見へ(1)」の記事はこちら
→「高岡から、氷見へ(2)」の記事はこちら
氷見駅から氷見温泉の宿までの距離は約8キロ、普通に歩けばだいたい2時間かかる。
「さあ、みなさまそろそろ宿に着きます」
氷見駅から車であれば15分である。安全運転を心掛けている送迎バスの女性ドライバーが、乗客を軽く振り返り、声を張り気味にいった。
天候が悪くなったせいでチェックインを早めたのだろう、駅で満席になった送迎のマイクロバスが氷見駅を出発し、途中で寄った番屋街で乗りこんできた男性グループは補助席を使用するほど盛況だった。
左手前方に宿「くつろぎの宿 うみあかり」の看板が見えた。
わたしは降車に備えザックを引き寄せる。いつもなら歩くのをまったく苦にしないのだが、左足先を負傷していることもあって送迎バスのお世話になることにしたのだった。
出口に一番近い席に陣取っていたわたしは、ドアが開くと、開門神事で一番福を目指す福男よろしく飛びだした。
コロナ禍なので、ここでもまずは検温、手指の消毒、を済ませてからフロントでチェックイン手続きをする。
ここでちょっと嬉しいことがあった。予定通りの地域共通クーポン券二枚(二千円)のほかに氷見市のクーポン券二枚(二千円)を戴いたのである。氷見温泉、なんとも大盤振る舞いではないか。
部屋に入るや否や、戦闘服(浴衣)に一瞬で着替えると半纏をひっかけ、大浴場に一目散に奔る。あくまでも気分であって実際には奔ってはいないけどね。この、湧きあがるわくわくする気持ちがなくなったら、わたしの旅は終わりである。
大浴場の「漁り火の湯」と名付けられた男湯に先客はまだであり、思ったとおりの嬉しい独り占めである。
たっぷりの掛け湯をしてからゆっくりと湯船に身を沈めていく。
(そういえば、氷見温泉では宿ごとに源泉が違うと言っていたなあ・・・)
「うみあかり」は岩井戸温泉といい、源泉温度は五十度くらいの化石塩水泉(ナトリウム・塩化物泉)である。
身体が充分に温まったので、露天風呂に出た。
残念なり。天気が良ければ、目の前に青い富山湾が広がり、その向こうに雪を戴いた立山連峰を望む露天風呂である。天気さえ良ければ、朝は日の出を、夜は漁火もである。
しかし、温泉はどちらといえば循環クルクル系でものたらない。温泉成分が希釈され、回され過ぎてくたくたに疲れた湯はちっとも元気を与えてくれない。
饒舌な送迎バスの女性ドライバーだが、わたしが一番で乗りこんで会話した時、声に聞き覚えがあった。「とまとカフェ」で、昼食を食べていた女性客のうちの一人の声だった。顔を覚えるより声を覚えるほうが得意技なのだ。
(そう言えば、『帰るまでにぜひとも別館の岩風呂に入ってみてください』と強めに推していたな・・・)
よし、いってみよう。
慌ただしく着替えて一階に降り、フロントの女性に慌ただしく訊いた。
「別館ってどっち?」
あ、そう、左にあがっていけばいいのね。よっしゃ。
飛び出そうとしたわたしに、待ったがかかる。
「あのォ、館内スリッパでなくこちらにお履きかえを」
下駄とクロックスとサンダルを指した。
普段使いしているクロックスに履きかえ、ウィリーなみにのけ反り、弾みをつけて一目散(こればっかし!)に走り出そうとした瞬間、また待ったがかかった。
「それではお寒いでしょうから、こちらもお使いになっていただいたほうが・・・」
指さす先に、ロング丈の防寒ダウンコートがならんで架かっている。
「いやいや、だいじょうぶだから」
薄い浴衣と半纏の装備だが、まだ温泉の余熱がたっぷり残っている。
アクセル全開して後輪をスキッドさせ白煙を出すバーンアウトをかませる気分で、大馬力のアメ車さながらに急発進、一気に坂道を駆けあがるのだった。
― 続く ―
→「高岡から、氷見へ(1)」の記事はこちら
→「高岡から、氷見へ(2)」の記事はこちら
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