温泉クンの旅日記

温泉巡り好き、旅好き、堂社物詣好き、物見遊山好き、老舗酒場好き、食べ歩き好き、読書好き・・・ROMでけっこうご覧あれ!

別府八湯 [3]亀川温泉(別府海浜砂湯)

2007-07-08 | 温泉エッセイ
別府八湯 [3]亀川温泉(別府海浜砂湯)

 初めて砂湯の体験をしたのは、鹿児島の指宿温泉の海っぺりにある「砂むし会館
砂楽」であった。
 波の音を聞きながら、はてしなく広がる青空と点在する白い雲をみつめて熱い砂
に埋まること十分間、汗まみれ砂まみれを強烈なシャワーで洗い流して、温泉に
つかってあがったあとの、あの途方もない爽快感は忘れがたいものがあった。砂と
か土は人間の毒素を吸いだすという。ふぐの毒に当たったひとを土に埋める、と
いうあれである。



 だから別府にも海岸に砂湯がある、と聞いて猛烈に楽しみにしていたのだった。
 料金は千円である。あの爽快感を得られるとすれば、それほど高いものではな
い。
 料金を払って砂湯用の浴衣を受け取り、ロッカールーム(百円が必要)でその
浴衣一枚きりに着替えるとタオルを1本持って専用出口から外に出て左手の砂湯の
コーナーに歩いていく。右手のほうの広場では家族連れが数組遊んでおり、砂湯の
一段下の波打ち際では人がのんびり歩いていた。

 海からの風が浴衣の裾をしきりに舞い上がらせて、慌ててしまう。マリリン・モ
ンローが地下鉄の通風口でスカートを押さえるのはひどく色っぽい。強い風の日、
「いやーん」などといってるOLとか女子高生とかもそうだ。
 ところが、浴衣の下が素っぽんぽんの野郎ではまったくサマにならない。風に
パタパタなびく浴衣の裾をわたしは必死で押さえた。別に見せる趣味はないし、
波打ち際を歩くどこかの誰かも絶対に見たくもないだろうからである。



「こちらへどうぞ」
 たどりつくと、わたしの場所である「墓地の埋葬スペース」みたいなところを
示された。二名ほどの死体が、いや先客が顔だけ出して砂に埋まっていた。
 裾を気にしながら、ゆるゆると寝そべると、腕は身体に沿って伸ばせといわれ
る。

(ま、まずい! 裾がきになるがエエイ、しかたがない)
 腕を伸ばした瞬間に、係りの女性がまずスコップでかなりの量の砂をどさっと
投げ捨てるようにのせた。
(うっ! そこは・・・)思わず小さく呻いてしまう。格闘技で攻撃禁止の場所に
ピンポイントで砂をかけやがった。

「あっ、だいじょうぶですか?」
「なに、へいき、平気」
 しかし、乗せられた砂の重みで風を気にしなくてよくなった。やれやれ。
 すこしおちついた気分で、砂をかけているおばさんをみてビックリした。おばさ
んではなかった、とんでもなくすごく綺麗・・・な女性である。しかも若い。バイ
トかもしれない。二十歳まえではなかろうか。そのまま年齢を加えていけば、好み
の女優になりそうだ。首を回してみたら、そのまま田んぼか畑に出たらぴったりの
おばさんが二人、若い女性が三人であった。



「光栄だな、こんなキレイなひとに砂に埋められて」
 ふだんならいわない軽いセリフも、旅先だからいってしまう。いけねえ気をわる
くするかな、と心配したが嬉しそうに笑みがちらりと浮かんだのでひと安心する。
このまま埋められてもたまらないし。

「・・・お連れさん、遅いですね」
 砂を手早くかけながらいう。
「エッ、俺・・・おれはひとりだけど」
 伸びきった鼻の下を慌てて畳むと、ちょっとうわずって答える。そうか、カップ
ルで別府に来たようにわたしはみえるのか。喜んでいいのか悲しむべきかよくわか
らないが、悪くない気分である。

「あら、そうなんですか、おひとりですか・・・どちらからいらしたのですか」
「横浜からで、昨日の夕方についたんだ」
「まあ、ずいぶん遠くから、ですね」手馴れたペースでまんべんなく砂をかけ終わ
ると、「あの・・・首をすこし持ち上げて・・・はい、それでいいです。ではこの
まま10分から15分くらいそのままで」

 斜め前に時計をつけた柱がたっている。わたしは、ちょうど10分後の時刻を頭に
刻んだ。10分くらいがわたしの限度である。
 別府の青空を眺め、ゆったりと流れる雲を目で追う。風が、時間が、わたしの上
をゆっくりと流れている。熱く湿った砂が身体のあちこちから遠慮なしに汗を、毒
を搾り出す。陽に炙られた、砂からでている顔から汗が吹きだしている。



「お客さん10分たちましたけど、どうされます」
「えーと・・・あの、15分でいいです」
 ああ、10分が自分の限界限度なのに可愛い女性に弱っちいところをみせたくない
もんで、ついつい見栄はってしまった。しかし、いってしまったものはしょうがな
い。しかし、熱い。いけない、目が回ってきた。

「はい、15分ですよ。お客さん」
「おーそーか、もう15分たったか。(頼むから早く、早くここから出してくれ
え)」
「両腕で万歳してください、はい、バンザーイ!」
 ズボッと両腕が砂から抜け出た。まるでキョンシー(古すぎるか)みたいで
ある。それで、あとはオノレでやれ、ということらしい。
 どうやってこの墓穴から救い出してくれるのだろうかと、いろいろすごく期待し
ていたのに、なんだこりゃ。こんなことなら10分でやめればよかった。

 ぶつぶつといいながら両手を使って砂を払い、上半身を起き上がらせると、
「お客さん、すごい顔色がよくなりましたよ、来たときより」
 とにっこり笑顔でいうものだから、すぐ機嫌がよくなってしまう。「そうですか
あ」。そうだよなあ、横浜から延々と運転して昨日ついて疲れてたもんなあ。

 その後シャワーで砂をすっかり落とし、温泉につかって、その獲得した爽快感は
格別なもので筆舌にしがたい。疲れと汗と毒のしみ込んだ薄皮二、三枚脱ぎ捨てた
気分である。
 ああ、明日も来よう明後日も来ちゃおうか、というほどのレイの途方もない爽快
感なのだった。

 → 別府八湯 [1]観海寺温泉
 → 別府八湯 [2]別府温泉(竹瓦温泉)

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 海のあくび | トップ | 柴又を歩く ③ 東京・葛飾 »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

温泉エッセイ」カテゴリの最新記事