本日紹介する浜田庄司の2作品は浜田庄司の作品群としてはとてもポピュラーなものです。ただし、ポピュラーな作品群でも晩年の作となるとちと出来が違う・・・。
縁黒鐵絵茶碗 浜田庄司作 (茶碗 その2)
共箱
高さ101*口径110*高台径60
作品は「像黒」ではありませんよ。よく「像黒(ぞうぐろ)」と読まれる方がいますが、これは大恥をかきます。「縁黒」です。いわゆる「皮鯨手」という茶碗の作品群のひとつで口縁に黒や茶の釉が掛けられている作品のことです。呼称の多くは唐津焼に使われているようです。
浜田庄司の作行はもともと李朝を意識しているようですので、関係の深い唐津と関連するのかもしれません。
浜田庄司の茶碗の作りについては井戸茶碗や唐津と比較するとよく解ります。
井戸茶碗の特徴である兜巾高台、「からいぎ」状の高台廻り、高台の鉋跡というのを意識していないはずはありません。
見込み内の鹿の子文様のような変色も似ています。皮鯨の唐津の作品群にもありますね。そこに浜田庄司の特有の黍文様・・。
晩年の抽象化された文様は非常に見ごたえがありますし、釉薬も熟成されてきています。このあたりが晩年の熟成の味なのでしょう。
修練時代の沖縄時代の赤絵の茶碗よりももっと見応えがあると思うのですが・・。
さて次の1点は口廻りの施された海鼠釉薬が見所の作品です。
花瓶 浜田庄司作 (花瓶 その3)
共箱
全体サイズ:胴径145*口径104*高台径95*高さ190
浜田庄司の作品で、「海鼠釉」の作品は非常に数が少ないかもしれません。
当然、朝鮮唐津のような釉薬を目指していたのでしょうが、ちょっと似すぎたと考えたのかもしれません。
そこで海鼠釉薬と柿釉薬・黒釉とのコラボをしてみたのではないかと思っています。
民藝らしい力強さが出ていますね。題名もただの「花瓶」・・・。
この手によくある浜田庄司の窯工房作品に近い作品ですね。
共箱もきちんとしています。
海鼠釉薬は珍しいので、また下記の作品を検証したくなりました。
塩釉胴紐流掛茶碗 浜田庄司作 贋作?(再検証)
共箱
口径148*高さ89*高台径
この作品は塩釉・・・???? 海鼠釉薬の作品を焼成中に塩を入れた試作品的なものという考えはできないのだろうかと・・・?
塩釉の初期の作? 高台の貝積がなく、まだ十分に塩と釉薬が反応していない時期か??
そう考えると納得できるものがあるが、欲がすべての真実を覆い隠すことにならないように慎重な判断が必要です。
常識的には浜田庄司の真作とは認められない作品なのでしょうね。
なんどか本ブログにて記述しているように共箱の疑惑も拭いきれません。
脇道に逸れましたが、本日の主題は浜田庄司の李朝志向ということで・・。