デジカメコレクション デジカメ大好き

デジカメでいろいろ撮ってます 腕が悪いくせにカメラのせいにして買ったカメラが150台超えました

ようこそおいでくださいました

2021年05月11日 | 観光 旅日記
昨日の続き、久里浜ペリー記念館の写真です。今日は記念館内部の写真、入り口には教科書で見たことあるペリーの写真があって「ようこそおいでくださいました ゆっくり見学してください」



おいおいそれはこっちの台詞、あのときペリーさんが日本に来てくれなかったら、今日の我々の生活はかなり違うものになっていたのではないでしょうか。開国、近代化、そしてその後の日米関係を考えるとあまりにも大きな一歩。「こちらこそよくぞ来てくださいました」頭の中で呟きながら記念館に入りました。まずは当時の様子を精巧に再現したジオラマの写真から。

ある日浦賀沖に巨大な船が



しかも4隻も連なって



帆柱には見たことない異国の旗が



帆を張らずに煙を吐いて



甲板の大砲は臨戦態勢



当時の久里浜の人たちの驚きは、我々の想像をはるかに超えるものだったと思います。さらには江戸だけではなく至る所から黒船見たさに人は集まり、静かな漁村は一躍日本中の注目の的になりました。当時のスケッチが残っています。





小舟に乗り換え
久里浜の浜に上陸した



マシュー・ペリー



胸像は高田純次に似てる?



対応したのは戸田伊豆守
こういうのはいつも所轄任せ



1853年というとアメリカが独立してから80年足らず、それで遥か彼方、アジア進出とは驚くべき国力と行動力ですよね。それにしてもアメリカでよかった、英仏、ましてやロシアあたりだと、ずいぶん違った日本の現在になっていたような気がします。大谷翔平や八村塁の活躍もなかったかも知れません。

日米修好通商条約で「今後日本とアメリカは友好関係を維持する」と大統領が宣言した時を日米国交元年とされていて、その100年後には記念式典も催されました。




これもペリーの一歩があってこそ
しかし描かれたのは咸臨丸
黒船は描かれませんでした




さらに60年経った現在、日米関係は良好と胸はって言えるのでしょうか。お互いのトップが変わってから、あまり相手にされていないような気もするのですが。