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ミンダナオ島にカガヤンデオロという町がある。首都のマニラがあるルソン島は日本人もよく行くが、ミンダナオ島の方は一般的には今一つ馴染みがない。モロイスラム解放戦線やアブ.サヤフといったゲリラが活動してるのがミンダナオ島の方で、人が遠のく要因には事欠かない。しかしカガヤンは特別危険地帯でもなく、港に面していて昔から貨物船などが立ち寄る栄えてる方の町である、と思う。大学もいくつかあるし、デルモンテの農場(パイナップル畑に行ったことがある)などもある。
で、何故カガヤンデオロなどという町を知ってるかというと、学生の頃、一ヶ月ほどホームステイしたことがあるからだ。今でこそ世界の何処へ行っても日本人は見つかるが、当時は、観光客は皆無、たまに来る日本人は貨物船で寄港した船員くらい。そんな時代によりによってフィリピンの、しかもミンダナオ島にホームステイ。ホームステイなどという言葉もあまりポピュラーではなかった時代である。アメリカがまだ輝いている頃のフィリピンという、何とも地味な国のホームステイは、実際のところ結構面白かった。多分その頃が自分の英語力のピークだったと思う。テレグラムイングリッシュ(電報英語)などと言われたが、日常会話にはあまり不自由しなかった、ような気がする。夜は戒厳令が布かれていて、強盗が撃ち殺されたなどという事件もあった。屋台の脇の道端に、何百というゴキブリが列を成していた光景も今となっては懐かしい。
そのカガヤンデオロが、去年フィリピンを襲った台風による洪水で大きな被害を受けたことを知ったのは比較的最近のことであった。ミンダナオ島が被害にあったというのはニュースで知っていたが、それがカガヤン辺りであるということはずっと知らなかったのだ。何せ、去年は3.11があり、とてもフィリピンに目はいかなかった。そんなところに当時の仲間から募金活動の連絡があり、ああ少しでも協力しないとと思っていた。のだが、すっかり忘れていて、そう言えば一応期限があったことを思い出したのが一昨日。でやっと昨日振り込みの手続きを完了した。これで、何か引っかかってるような気分が解消され、少しはすっきりした。
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