ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

日本代表(おまけ)

2006年05月30日 | サッカー


日本代表に関してはもう書かないつもりだったが、ど
うも予想と違ったので訂正を兼ねて。
何が予想と違ったかと言うと、全体の雰囲気だ。
もっと楽勝お祭りムードが蔓延するのかと思ったら、
マスコミだけは予想通りの展開だが、一般国民が意外
と冷静だったのだ。
予選勝ち抜けを予想する人の割合が全体の3割ちょい
で、敗退が6割ほどという。
確かNHKの番組でのアンケート。
これを「見る側の方が成熟してきた結果」と考えてい
いのかどうか。

とにかく、オリンピックでもそうだが、日本のマスコ
ミ報道は質が低い。
関係ないようなタレント(視聴率狙い)をキャスター
として使いたがるし、日本人の活躍(実際は大して活
躍してない)を過大評価し、実力の倍あるかのような
報道をするし、それになんといってもうるさい。
そんなマスコミにうんざりしている人が多くなったこ
とによる今回の結果、であったならば、まだ日本にも
望みがある(と思いたい)。

だから今回、たとえば宮本の致命的ミスによる失点と
か、柳沢のゴール前パスとかあっても決して責めては
ならない。
全ては想定内なのだから。

写真は、昨日までのバリをとりあえずまとめてみまし
た。
コメント

バリ犬

2006年05月29日 | 生き物 自然


バリ路上生物シリーズ、今回は犬。
バリの街中で一番普通に見かけるのが犬。
構成は野良犬、飼い犬、その中間。
首輪をつけているのも中にはいるが、基本的には地犬。
そんな犬が、歩道に堂々と寝そべっている。
始めはちょっとびっくりするが、こちらも堂々と歩い
ていけば(つまり跨ぐ)殆ど問題ない。
殆どということは、たまには問題があるということで
はないか、と疑問に思うかもしれないが、その通り。
たまに問題がある。
つまり、吠えて向かってくる犬もたまにいるのだ。
特に夜、集団で吠えまくっていたりするとさすがに怖
い。
街灯もないような暗い夜道で遭遇すれば、かなり怖い
体験をすることとなる。

一般的に、怖がる人ほど吠えられるという傾向はある
のだが、個人的体験では、自転車でこいでいるときに
一度襲われた、しかも真昼間に。
バリのウブド(写真はすべてウブドのもの)というと
ころは、内陸部の高原地帯的なところなのだが、それ
ゆえ坂が多い。
その坂を必死でこいでいる時に突然襲ってきたのだ。
咄嗟に蹴ろうとしたが、結構きつい坂だったのでうま
い具合に反撃できなかった。
帰りに一発かましてやろうとその気でいたのだが、も
うその姿(腐ったような汚い犬だった)はなかった。
今でもそれが心残りである。
コメント

野火

2006年05月28日 | 芸術


昨日取り上げた映画、「女と男のいる舗道」でひとつ
面白い発見があった。
カフェの場面のことだが、そのカフェのカウンターの
壁に「野火」という漢字が見えるのだ。
まるで榊莫山が書いたような書を飾っているのである。
今でこそ、ちょっとした漢字ブームで、Tシャツにと
んでもない字をプリントして、笑いを誘ったりしてい
るが、あの時代にだ。
どういういわれの物か非常に気になった。

「野火」というと、真っ先に大岡昇平の小説を思い出
す。
太平洋戦争末期、南の島で飢えに苦しみながら敗残兵
が彷徨うという物語だが、同じような舞台の捕虜の話
「俘虜記」とともに、戦争物でも異色なかなり面白い
小説だと思う。
しかし彼の作品で忘れてはならないのは「レイテ戦記」。
フィリピンレイテ島の戦記なのだが、その徹底した記
録の緻密さには驚かされる。
なるべく主観を排し物語性もなく、本当に記録なのだ
が、当時の状況が自然に浮かんでくる。
凡庸な小説家なら、いくつも泣きの物語を作るんだろ
うな、と思わせる。
大岡昇平はそこが違った。

何はともあれ、威勢のいいナショナリズム的発言を素
朴に発する今の若手政治家には必読の書であろう。
自分自身も、かつてミンダナオ島にホームステイした
が、そのころは全くフィリピン人の複雑な感情を想像
することなく、お気楽なフィリピンライフを満喫した。
それはそれで面白かったのだが、いまならもう少し違
う見方ができたのだが、と思ったりする。

写真は、バリ路上生物シリーズ地鶏2。
親子と思われるが、親の迫力が。
黒装束も珍しいし、そのまま歌舞伎に出ても良さそう。
コメント

ゴダール

2006年05月27日 | 映画


無料動画配信のギャオの映画を良く観るのだが、その
殆どは3流アクション映画や、日本の個人的には全然
怖くない「ジャパニーズホラー」だったり、どうしよ
うもないやくざ映画だったりと、暇つぶし以外の何物
でもないのだが、たまにまともと言うか、歯ごたえの
あるものをやる。

この前は大島渚特集。
「新宿泥棒日記」なんて久しぶりに観た。
そして、「愛のコリーダ」はギャオのおかげで初めて
観ることができた。
ここのところは、今ひとつ食指が動くものがなかった
のだが、今回ゴダールの登場だ。
「女と男のいる舗道」以前観たと思ったが、観てみる
と、最後の主人公が舗道で射殺される場面しか記憶に
なかった。
ひょっとしたら、以前は殆ど寝てたかもしれない。
ゴダールの作品は、ものによってはどうしても寝てし
まうものがある。
「ゴダールのリア王」なんて、3回チャレンジして3
回とも同じ辺で寝てしまった。
しかし今回は、きっちり観ることができた。

この「女と男のいる舗道」でも、ゴダールらしい物語
を解体し再構築するコラージュのような全体は、十分
に感じることができた。
それに、なんといっても主演のアンナ カリーナが美
しい。
内容としては、ある女が娼婦に堕ち舗道で無残に殺さ
れるというそれだけのものだが、ゴダールの映画は筋
がどうのこうのという、一般的な映画の観方をしてい
る限り、その良さは一生分からないであろう。
そもそも、それを解体してるところから始まっている
のだから。

写真は、バリ路上生物3、地鶏。
基本的にはこの軍鶏系が一番目に付く。
伊藤若冲の絵の中に登場しそうなそれらが、あちこち
にいるのだ。
そしてバリの朝は、その声で始まる。

コメント

バリ3

2006年05月26日 | Weblog
前回、バリの路上生物として、アヒルだかガチョウだ
かの写真をのせたが、今回はその続編。
路地を曲がったときに突然目に飛び込んできた、ふた
たびアヒルだかガチョウだか良く分からない鳥。
コメント

モンテネグロ2

2006年05月25日 | Weblog
そもそもこの名前を知ったのは、今から20年近く前
見た映画のタイトルとしてだった。
ドゥシャン マカベイエフという監督の「モンテネグ
ロ」という映画なのだが、映画そのものは所謂普通の
映画ではなく、監督のテイストである変態味が売りの
どこがモンテネグロなのか、という作品だった。
今から思うと、一応舞台がモンテネグロだったのか。
いずれにしろ、当時はモンテネグロの意味は分からな
かった。
しかし、単純に名前が面白かったので記憶に残ること
となったのだ。

その後、ユーゴスラビアが崩壊したときに再びこの名
前を目にすることになったのだが、なんだか懐かしい
ものに出会った気分だった。
それにしても「モンテネグロ」、この名前はひょっと
して「モンブラン」と同じ構造の言葉か。
白い山のモンブランに対して、黒い山。
今見ると意味を考えてしまうが、当時は本当にこの語
感が好きだったのだ。

写真はマムシ草。
この時期野山にいっぱい生えていて、マムシのように
見えるその姿が良く目立つ。
例によって、Solarisation(反転)で。
コメント

モンテネグロ

2006年05月23日 | Weblog
セルビアモンテネグロでは、モンテネグロの独立が決
まりそうだ。
今回のワールドカップでは「セルビアモンテネグロ」で
出場が決まってるのだが、選手の気持ちはどうなって
るのだろう。
密かにこのチーム応援しているのだが、このことがど
う影響するか違った興味も出てきた。
東欧のブラジルと言われたサッカー強国のユーゴ時代
から、さまざまな出来事があっての独立だが、平和裡
にことが進んでいってほしいものだ。

今日の作品は、かつてモザイク国家といわれたユーゴ
に、イメージ的に近いと無理やりいえなくもないコラ
ージュ(完全にこじつけ)。
真実は、ヒメギフとオオムラサキのコラージュ二つの
元(それら二つは単にこれを切り離しただけ)である
ということ。
まずはこれありきだったのだ。
コメント

バリ2

2006年05月22日 | Weblog
テレビで、アンコールワットと周辺のごみ問題を取り
上げていた。
これはバリにも共通のことで、というか東南アジア全
体、いや世界全体の問題でもあるのだろう。
でバリでだが、実は街の第一印象が「汚い」だった。
道端はごみだらけだし、川にはごみの山。
どこに楽園が?と正直思った。

以前は観光客も今ほど多くなく、ごみの絶対量が少な
いため顕在化することもなかったのだろう。
ビニール袋も昔は紙なので、捨てても土に返り、とり
あえず目には見えなかったからノープロブレム。
なんでもかんでも捨ててしまうというのはアジア特有
の習慣か?と日本の道端のカップめんコンビニの袋を
バリの風景と重ねて見てつい思ってしまう。

そう、日本も結構ひどいのだ。
空き缶は平気で捨てるし、仕舞にはヒマラヤまで行っ
てわざわざ捨ててくる。
更に情けないのはそれらに漫画があること。
山男も地に堕ちたものだ。
本当どうにかならんのか、と特にひどい峠道の惨状
を目の当たりにする度思う。
コミュニティーの力が弱くなると、こういう事体も起き
やすくなる、かどうかは知らないが、なんとかしたい。

写真は、そんなきれいではないバリの道を普通に歩い
ているガチョウだかアヒル。
コメント

バリ

2006年05月21日 | Weblog
昨日の朝の蒸し暑さは、ここは東南アジアか、と一瞬
思わせるようなものだった。
湿気が強い暑さは、人間からやる気をなくさせる。
そんな気候だとフルーツは豊富にあるし、食べるもの
には困らない。
人間働かなくなるのも納得だ、とそんな東南アジアの
世界に思いをはせる。

しかし、そんな世界に資本主義経済が押し寄せるとど
んなことになるか。
極端な貧富の差。
それに伴う犯罪の増加。
コミュニティーの崩壊。
どこも同じ問題を抱える結果となる。

小さな島という、独自の文化を守りやすいバリ島とて
その問題とは無縁ではない。
イスラム圏でのヒンドゥー教という、特異な世界がい
つまで保てるかは誰にも分からない。
現時点でも、西欧から見ればオリエンタリズム満載な
のだが、すでに戦前から「以前のバリの方が良かった」
といわれ続け、今でも「10年前のバリの方が良かっ
た」といわれる。
これは、確実にバリも変化のベクトルに乗っていると
いうことを意味している。
ただ、西欧から見ると常に落差があり、勝手な楽園イ
メージを照射しやすいだけのことなのだ。

実際、「どこが楽園か」と思う現地の人間の暮らしだ。
町の雰囲気も、他の東南アジアと基本的に変わらない。
所謂猥雑なごちゃごちゃした感じ。
一部の高級リゾートの中だけの話だ、楽園というのは。
外界と隔絶したそれらのリゾートは、楽園という演出
をしているからそう思えるだけ。
行く人間も、その錯覚を味わいたいだけだから、他人
がとやかく言うことでもないが、宿泊代が方や10万
円方や500円というこの極端な差は、面白いという
かすごいというか。
ただ、いろんな意味でゆるいその世界は、結構病み付
きになる、これもまた事実。

写真は、そんな「いかにもバリだ」の一枚、ウブドの
レストランから外を撮ったもの。
コメント

ハム

2006年05月20日 | 食べ物


ハムの本当のおいしさを知ったのは、初めて行ったパ
リのカフェでハムサンドを食べた時だ。
バゲットにバターを塗りハムを挟んだだけのものだが、
バゲットが旨くハムが旨ければ、それだけで十分旨い
ことをその時知った。
それまで食べてたハムは一体なんだったのだろう、と
激しく思った。
それ以来、一般的な日本のマヨネーズを塗ったハムサ
ンドを旨いと思うことはなくなった。

何故これほど違うのかと不思議に思い、ハム情報を収
集していくうちに、その理由が分かった。
日本のハムは、根本的にその食感が違う。
それはたんぱく質凝固材を入れることによる食感だっ
たのだ。
言わば水増しハムだ。
だから変に‘プリッ’とした食感になる。
本物は肉(モモ)の感触を残した‘サクッ’としたも
ので、形もその肉の大きさによってそれぞれ違う。
しかも殆どの日本のハムは、薫煙ではなく薫煙液を使
い、更に旨みを足すために、旨味調味料を添加。
典型的な練り製品の完成だ。

本物のハムはフランス風だとジャンボンドパリ、ドイ
ツ風だとなんとかシンケンとして売られているが、値
段がかなり高い。
100グラムあたり500円はする。
日本の普通のボンレスハムの3倍以上だろう。
でもどうせ食べるのなら、日本のハム3回を本物1回
にしたい。
で、田舎では絶対買えないのでネットでいくつか取り
寄せてみた。
しかし、残念ながらまだ納得できるものには出会って
いない。
ひとつは完全無添加なのだが、薫煙の香りが弱く肉の
臭みが残っていて、もうひとつは塩だけでいいのに余
計な調味料を使っていて、と今ひとつなのだ。
他のハム工房も覗いてみたが、まだこれだというのは
発見できていない。

後、最初にパリのカフェのハムの美味しさについて言
及したが、それは25年前の話で、10年前に行った
時は、結構日本風のハムが多くなっていた。
間違いなくフランスのハムもレベルダウンしている、
と残念ながら思う。

写真は前日の壁を使ったもの。
ソラリザシオンというマンレイが始めた手法を使って。
コメント

写真

2006年05月19日 | Weblog
今使ってるカメラは、オリンパスのキャメディア。
所謂コンパクトデジカメというやつだ。
最大画素数は400万で、典型的な初心者向けのカメ
ラだろう。
しかも、撮るときは殆ど200万画素だし、本格派か
らはほど遠い。

元々カメラには大して興味はなかった。
フィルムの一眼レフは一応持っているが、それも友達
の中古を安く譲ってもらったもの。
結局フィルム一本分くらいしか撮ってないと思う。
その後ふたのつめが壊れ、ガムテープで固定して一回
使ったのだが、結局感光させて、それ以来眠っている。

その程度のカメラ経験なのだが、デジカメは実に役立
っている。
散歩ついでにいろいろ撮るというのは、散歩そのもの
の動機を高めてくれる。
なんらかの楽しみがないと、やはりやる気が出てこな
いものだ。
そして蝶などを撮るようになったら、ますます楽しく
なってきた。
極私的楽しみ。
しかしそうなると今度は、カメラに対する不満が出て
くる。
マクロ撮影が多くなるので、そのピントの甘さが気に
なってくるのだ。
しかも焦点そのものが合わないことも多々ある。
なんせ対象が動く小さいものだから。
せっかく珍しい蝶を見つけ、どきどきしながら撮って、
後で確認したらボケボケなんてことは、一度や二度で
はない。
しかし、その写真を引き伸ばして作品にするわけでも
ないので一眼デジカメなど全然必要ない。
と、自分に言い聞かせている今日この頃なのである。

本日の写真は、そんなデジカメで撮った壁。
蓼科にある廃屋の壁だが、今まで撮った中での一番の
お気に入り。
想像力を刺激してくれる。
コメント

フランス料理

2006年05月18日 | Weblog
伊那市に「ル ムートン ブラン」というフランス料
理屋がある。
できてから、かれこれ15年くらいになるか。
この辺では、まともなフランス料理の草分けで、特に
最初の5年くらいはかなり良かった。
何故過去形かというと、徐々に停滞してきて、店の雰
囲気も、今では普通の洋食屋かといったものになって
しまったから。

田舎というのは、なかなか本格的なものが定着しない。
それらを分かってくれる客がいないのがその理由だ。
確かに、フランス料理を名乗る店は増えた。
しかし、開店時の「ル ムートン ブラン」のインパ
クトを越える店はまだない。
多分この先も難しいと思う。
食べての側のレベルが上がってないから。
たまに店情報を知りたく、地元のブログなどを見る機会
があるが、脱力するような内容のものばかりだ。
基本的に、ラーメン屋を取り上げてるようなブログはそ
れだけで信用できない。
9割がたはそんなブログだから、推して知るべしだ。

そんなブログに取り上げられた「ル ムートン ブラン」
は何と言われたか。
サーヴィス三流味二流。
確かにサーヴィスに関しては、所謂フランス料理屋のそれ
ではない。
しかし、それを書いている人にとっては、変に本格的より
洋食屋位のゆるさがむしろいいのではないかと思われる。
味だって、いくら停滞してきたといえ、魚料理に関しては
付け合せの素材も含め、まだまだ他の店より断然旨い。

いい店というのは、結局客が作るしかないという話でした。
今日の作品は、オオムラサキを使ってのコラージュ。
ヒメギフに続く蝶シリーズ第二弾。


コメント

日本代表

2006年05月16日 | サッカー


この話題は、今日で最後にします。
ほぼ予想通りの人選で、唯一久保が巻に代わったのが、
所謂サプライズ。
しかしこれは、ジーコの本心ではないと推測する。
もともと不思議な人選をするジーコ、ここにきて周り
は一気に喧しくなってきた。
つまり世論は巻をどうして入れないんだ、と。
下手をすると、ドイツへ行く前からジーコ批判に火が
つきそう。
ただでさえしょぼい試合が続いているというのに。
そこで川渕キャプテンの登場。
世論の変化に敏感な彼はジーコに進言する。
「久保を入れたい気持ちは分かるが、世論は巻だ」
「君のためにもここは考えた方がいい」
で、「マキ」と言ったときのジーコの不服そうな表情
につながる。

実際久保が本調子なら、圧倒的にフォワードのトップ。
しかしどう見ても今の調子ではしょうがない。
巻で異議なしなのだが、それなら玉田、柳沢はどうな
のよというのはある。
それより松井は何故なんだ、と納得できないことは多
いが、それはジーコの権限だから。
一番は、ジーコでどうなのよ、だ。

マスコミは案の定浮かれモード突入。
現実を忘れ、「勝てる幻想」一色になってきた。
前回と違って、勝てるという気がしないのはネガティ
ヴ思考の賜物か。
せめて、次につながる若手の登用とかあれば、また違
うのだが、いやはや。

写真は、そんな気分に一服の清涼剤。
霧が峰で撮ったカモシカ。
こちらの気配を窺っている。

コメント

BUVARD2

2006年05月15日 | Weblog
そもそもこのビュバールを知ったのは今年のことで、
アンティーク雑貨屋のページを見ていると、頻繁に登
場するので、いったい何かなと思ってはいた。
単なる広告にも見えるが、なかなか味がある。
で試しに買ってみることにした。
適度に古くて、吸い取り紙の質感もそれに貢献してい
る。
実物を見て、それなりに人気があることを実感した。
因みに一番人気は、モルバンというイラストレーター
のものらしい。
個人的には興味はない。

さて、今日は日本代表の最終メンバーが発表される。
マスコミは大騒ぎだろうが、事体は何も変わってはい
ない。
貢献度なる、変な規準を持ち出すジーコ。
情実人事に何を期待すればいいのか。
トルシエ遺産のディフェンスは、トルシエのころより
劣化している。
選手上がりのテレビの解説者はよいしょしか能がない
し、もういやになってしまうですよ。

今日の写真は、そのビュバールそのものを使ってコラ
ージュを作っているときの、製作過程を撮ったもの。
コメント

BUVARD

2006年05月13日 | Weblog
Buvard(一般的にビュバールと表記)
いったい何のことかというと、フランスの企業や店が
宣伝のために作った販促アイテム。
所謂インクの吸い取り紙で、それに意匠を凝らしたデ
ザインやイラストが印刷されている。
古いものは戦前からあり、そのデザインの質の高さや
イラストの古っぽさが、非常にいい味を出している。
本国では立派なコレクターズアイテムで、最近では日
本でも密かな人気となっている(勝手な想像)。

でこのビュバールを切り貼りしたのが、昨日のコラー
ジュのヒメギフチョウ以外の部分。
あせた色やイラストが切り貼り魂を心地よく刺激し、
重宝している。
この先もかなりお世話になるであろう。

今日の写真は、去年山梨の長坂で撮ったオオムラサキ。
一応国蝶(誰が認定したかは知らないが)。
そのままだと今ひとつピントが甘いので、大きく加工し
作品ぽくしてあります。
腕が悪いのか、コンパクトデジカメが悪いのか。

コメント