ピカビア通信

アート、食べ物、音楽、映画、写真などについての雑記。

スポーツ報道

2011年02月28日 | サッカー

 

 

シュツットガルトの岡崎、十分いけるのではないか。岡崎に頼らなければならないチーム事情はちょっと問題であるが、本人は得点さえ上げれば後はすんなり行くように思う。その他注目株は、アーセナルからフェイエノールトにレンタルされている宮市。こうやって見ると、日本も人材不足と言われている割には良い選手が生まれつつある。

それにしても毎年この時期になると鬱陶しいのは、スポーツニュースでの興味のない野球のキャンプ情報。日本の国技は野球なんだ思い知らされるのはこういう時だ。サッカーも海外選手の活躍を報道するようになったが、必ずしも活躍しているわけでもないのに、さも活躍しているように報道する姿勢は、はっきり言って北朝鮮と変わりない。下駄はかせ報道とでも言うべきか。本人は活躍したように言い、肝心のチームは負けている、イチロー報道に見られる現象と同じである。日本のスポーツジャーナリズムというのも低レベルである。

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因果律

2011年02月27日 | Weblog

 

 

ナルニア国物語(子供向けファンタジー)の小さいほうの女の子を見ると、今いくよくるよのどっちかを思い出す。大きいほうの女の子は、ベルイマンによく出てくる(例えばペルソナ)女優(で今調べたらリヴ.ウルマンという)を思い出す。

今までの画像ソフトが使えなくなったので、急遽カメラ付属のソフトをインストールして使っているのだが、機能からすると何十分の一くらいで、写真以外には使えない。ブログに関してはそれだけで充分ともいえるが、画像を縮小したときに容量を圧縮する機能がないので、大きさの割りに重めになるのがちょっと気になる(まあ、大した問題でもないか)。

先日「更科」に行ったとき、先客に顔見知りがいた。お寺の母娘で、娘は母親譲りで大分恰幅がいい(要するに二人とも)。精算するときにオーダーが判明したが、案の定というかフムフムと納得した。ただの蒸籠ではやはり満足できないのだろう、天麩羅を頼んでいた。物事にはそれなりの因果律が働いているという話でした。

 

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原点回帰

2011年02月26日 | 生き物 自然

 

 

横長の画面にも慣れ違和感もなくなりつつあるパソコン、反応速度は確かに速くなっている、と思う。それにしても、ノートパソコンも安くなったものである。一昔前は20万以上が当たり前だった。それが今や5万以下だ。ありがたやありがたや。

先日、「滝つぼビオトープ」の寒さよけの(凍結防止)発泡スチロールを撤去した。ついでに、繁茂しているキンギョソウも間引くために除けたのだが、ここでふと思った。浮き草を完全撤去するのは今だ、と。活性化する前のこの時期がそのチャンスだ、というわけで浮き草除去も行ったのだ。すごい勢いで増殖する浮き草は、あっという間に水面を隠してしまうので、トンボの産卵には邪魔者なのである。兎に角一枚でもあるとそれが種(中心という意味で生物的な意味ではない)となって、後は倍倍ゲームなので完全撤去が目標だ。

で、一通り作業を終えると、久しぶりに、単なる水溜り然とした「滝つぼビオトープ」が現れた。これぞ原点回帰。今まではちょっと水草が多すぎたのかもしれない。要するにいじくり過ぎだ。今年はこの原点回帰を基本コンセプトとしよう、とビオトープ三年目の決意を新たにした。

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荷風

2011年02月25日 | Weblog

 

 

起動するとき、パスワードを設定したおかげで余計な手間がかかってしょうがないのパソコンにもやっと慣れてきた。それにしても、安全性確保のためのいろんなお知らせがちょっと鬱陶しい。

ところでこのパソコンのない時に読んだ本に、面白い文章を発見した。永井荷風の「日和下駄」というエッセイの中の文章だ(何故荷風かというのは、本屋の棚を見ていて他に興味を惹くものがなかったからと)。以下原文より。「当世人の趣味は大抵日比谷公園の老樹に電気灯を点じて綺麗綺麗と叫ぶ類のもので、清夜に月光を賞し、春風に梅花を愛するがごとく、風土固有の自然美を敬愛する風雅の習慣今は全く地を払ってしまった。」実は最近感じていたことと全く同じだったので思わず「そうそう」と頷いてしまった。確かに電飾の明かりは綺麗であるが、良いとはぜんぜん思わない。特にこのところ一気に普及したLED、あの人工的な青い光がうら寂しささえ感じさせるのだ。むしろ昔の裸電球一つのほうが風情があった。

他にも、路地歩きの楽しみや、詰まらないものを発見しては自分だけで喜んでいる世界とか、何だか荷風の趣味と同じ自分が笑える。これは悲しむべきことなのか。まあしかし、そうなっちゃったものはしょうがないでゲスね。

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復活

2011年02月24日 | Weblog

 

 

やっとパソコン到着。早速開いてみるが、なにやら見慣れない画面で操作がおぼつかない。慣れるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。今のところ最新版のウインドウズ7のどこが良いのかは全く分からない。それより一番の問題は、使い慣れた画像ソフトが使えなくなってしまったことだ。XPで良いのに、と愚痴の一つも言いたくなる。ひょっとしたら、回線に繋いだだけで設定も何も必要なくインターネットに接続できたことが優れた点なのか?メモリーを4ギガにした効果は果たして実感できるだろうか。

ということで、画像は昔のものを使い回しの復活第一報でした。

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未だ来ず

2011年02月16日 | Weblog

 

パソコンが突然絶命してから幾星霜、未だ新品来ず、で今スノッブなM氏のパソコを借りて書いている。変に安い(ヒューレッドパッカード)のをこれは良いと頼んだら、世の中同じような人間が多かった。見込みより注文が殺到してしまったようで、出荷までの期間が当初の予定より倍くらい長くなった、らしい。待ち時間が20日というのも今時珍しい。ということで更に一週間ほど待たないといけない。おかげで、読みかけの読書は捗っているが、新しい本は注文できないというジレンマを抱えながら、たまに携帯の画面でネットを覗くという日々が続いている。しかし、携帯の画面は小さくて見る気が起こらない。

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SADE

2011年02月01日 | 音楽

 

 

SADE、知らないとサデ?或いはセイドゥだ。スノッブなM氏が久しぶりにCDを持ってきてくれた。女性ジャズボーカルのアルバムで、メインはJanette Lindstromというスウェーデン人。ジョニ・ミッチェルをあっさりさせたような歌い方で、勿論初めて聴く。そしてそのおまけのような形で入っていたのがSADEだったのだ。シャーデーとは読めない。

そして久しぶりに聴いたSADE、これがなかなか良いのだ。何の情報もないのでアルバムが何かはM氏に聞かないと分からないが、あの絡みつくような歌声は結構好きなのでは、と今回改めて感じた。哀切を伴った歌声とでも言おうか、昔は、この手は絶対聴かなかったが、知らず知らずのうちに歳だけは取っていて、知らず知らずのうちに固い門戸が、まるで風化したかのように緩くなってきた、のか?

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