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経済の最新情勢から、世界の裏側、そして大人の為のアニメ紹介まで、体当たりで挑むエンタテーメント・ブログ。

至高の雨が降る映画・・・新海誠『言の葉の庭』

2013-06-04 08:33:00 | アニメ
 







■ 新宿御苑に降る雨は・・・ ■


6月の雨が降る新宿御苑。

池の水面に広がる波紋、草から滴り落ちる雨だれ、

水溜りを避けながら歩く15歳の少年。


辿り付いた東屋には先客が。

OL風の彼女の手には缶ビール、そしてツマミはチョコレート。

ビールにチョコレートは合わないんじゃとチラリと思いながら

少年が取り出したのは、一冊のスケッチブック。

カッターで荒く削った鉛筆の先が、サラサラと描いてゆくのは靴のデザイン。


6月の雨は、本格的な梅雨空に変わり

いつしか、少年とOLは親しく話すように・・・。

この人、仕事は大丈夫かと心配しながらも、

少年も雨の日を待ちわびる。


いつしかビールはペットボトルのお茶に変わり、

少年が自ら作った弁当を一緒に食べるOL。


二人の周りにはいつも雨が降っていて、

雨はいつしか梅雨の終わりを告げる雨に変わってゆく・・・。



■ 1000円で味わう至福の時間 ■



今年二十歳になる息子から家内宛てにメールが届く。

『新海誠の『言の葉の庭』、すごく良いから家族で見て』



「新海誠って誰」と聞く家内に、『秒速5センチメートル』の人」と答える私。

「何、それ」と聞かれ、PCで動画を少し見せる。


・・・ねえ、知ってる?桜の花びらの落ちる速度は秒速5センチメートルなんだって・・・

この冒頭のセリフを何度聞いた事だろう。

かつて、中学生だった息子と二人で、食い入るようにDVDを見た事が懐かしい・・。


「あ、知ってる、見た事あるよね」という家内。

「もう、消していいよ」

そう、月曜の朝だというのに、こんなのを見出したら終われなくなる。

そんな事をしていたら、ダメ人間になってしまう・・・。


「何処でやっているの、調べて」

行く気まんまんの彼女。アニメは嫌いでも、息子は大好きだから。


「こんなの彼女と見に行ったら、彼女が引くんじゃない?」と自分の事を棚に上げる私に

「彼女が新海誠ってのを大好きなんだって」と答える家内。


「新宿のバルト9で15時35分からの回があるけど・・・」

「それにする。ジムの後に直接行こうかな」

「何時に電車乗るの?」

「2時頃かな」

「じゃあ、改札で1時50分待ち合わせでどう?」と私。

「何、あなたも来るの?・・・・」と怪訝な家内。


月曜の昼日中からアニメ映画なぞ見ていいのだろうか・・・?

でも、今日は急ぎの仕事も無いし、

新海誠の新作ならば、全て許されるに違いない・・・・・。



こうして、家内と二人、1年ぶりに出かけた映画は、

1000円で味わえる至福の時間。



ちなみに1000円なのは、私達がシニア料金適用者だからでは無く、

1時間の中篇映画だから、料金設定が1000円。



そして、至福なのは、家内と出かけたからか、

それとも映画の内容が良かったからかは秘密にしておこう・・・。





■ 新海誠の作品は、オヤジの為のタイムマシン ■


50歳を前にしたオヤジに、こんな気恥ずかしい文章を書かせてしまう魔力が

新海誠の作品には溢れています。



かつて、年上の女性に心引かれた思い出を胸の内に秘めるオヤジ達よ・・・

是非、映画館で見て欲しい。



人の心や感情は、何年たっても擦り切れたりはしない事を思い出して欲しい。

日々の仕事や生活で、心を覆ったカサブタの内側には、

きっと、当時のままのパッションが今も熱く燃えているはずだから・・・。



人はナイーブな感情を抱いたままでは大人になれません。

しかし、新海誠は、誰もが隠そうとする心の中のセンチメントを

これでもかという程に見せ付けます。


これが、青春のど真ん中で悩む、繊細な少年少女の心を捉えて離しません。

「みんな、思いを抱きながらも、言い出せずにいるんだ・・・」

そんな共感が、彼らを新海誠の作品の虜にします。



しかし、『言の葉の庭』のターゲットはアラサーの独身女性かもしれません。

人生の一つの節目を前にして、年齢的な大人(オバサン)と、

精神的な少女(オネーサン)の狭間にいる彼女達の、

不安定な立ち位置を、激しく揺さぶる作品です。



「年下の少年」に寄せる思いは、彼女達の少女の部分の残影であり、

その思いに別れを告げることで、既に少女ではいられない自分を再認識するのでしょう。


■ 隔てられた人々 ■


新海誠の作品の主人公達は、チェーホフの登場人物達に似ています。

私の勝手な解釈かもしれませんが、チェーホフの作品の人々は、

同じ場所で、同じ空気を吸い、お互いに会話を交わしながらも、

決して交わる事がありません。



それは、すれ違いという二次元平面上の相違では無く、

透明に重なり合ったレーヤーの、異なる層に居るもの同士の

決して交わる事の無い、静かで絶望的な隔たりを感じさせます。






新海誠の初期の作品『ほしのこえ』では、

その隔たりは通信さえも届かない、宇宙の圧倒的な距離でした。





『雲のむこう、約束の場所』の隔たりは、南北に分断された日本や、

病で眠り続ける少女と、彼女を思う二人の間にある、声すらも届かないという病による分断です。

しかし、最終的には、一人の少女と、二人の少年の間には、宿命的な斥力が働きます。

世間では、これを「三角関係」と言います。




『秒速5センチメートル』には、「踏切」という分断線が象徴的に描かれます。

小学校の同級生の男の子と女の子が、彼女の転校によって隔てられます。

文通を続ける彼らですが、今度は男の子が鹿児島に転校になります。

中学の授業が終わった後、電車に飛び乗って、栃木の彼女に会いに行く少年。

中学生にとって、栃木までの道のりは、果てしなく遠い。

一瞬の再開も、今度は鹿児島までという、圧倒的な距離に隔てられます。


三部作のこの作品。第三部は成人してからの話。

東京で、お互いの存在を知る事も無く暮らす二人。

いつも、心の片隅で、お互いの存在を意識しながらも、それを思い出と割り切る二人。

交錯しそうで、決して交わり合う事の無い二人の生活。


ある日、線路の向こうに一瞬見えた、彼女の面影を追おうとする彼を、非常にも電車が遮ります。

遮断機の上がった踏み切りの向こうには、既に彼女の姿は無く・・・・。

山崎まさよしの『ワンモア・タイム』の歌詞が切なく流れます、

・・いつでも、探してしまう。どっかに君の姿を・・



始めから結ばれない事が運命つけられている様な切ないストーリーですが、

世の中では、むしろこういうケースの方が多い。



人と人がめぐり合い、そしてハッピーエンドで終わる事はむしろ奇跡的であり、

新海誠は、果たされなかった「思い」を拾い集めて、丁寧にフィルムの上に定着させ、

彼らの儚い思いが消えてしまわない様に保存する作業を続けている様に見えます。




本日は、オヤジすらも感傷的な気分にさせる恐ろしいアニメ作家、新海誠の、

最新作を紹介いたしました。



最後に主題以下の『Rain』は大江千里の曲ですが、

今回は『坂道のアポロン』のOPが印象的な秦基博が歌っています。

実はこの曲、槙原敬之のカバー・バージョンもあるみたいで、

前出の『雲のむこう、約束の場所』の雨のいシーンに槙原バージョンを付けた動画を発見。



http://www.youtube.com/watch?feature=player_embedded&v=8E8a-hQcc2Y


これ、アレンジが秦バージョンよりイイですね。

槙原君の甘い声もgood。


ちなみに原曲はこれ。大江千里。