
■ アニメ『悪の華』のボードレールの詩集 ■
アニメ『悪の華』は、もう素晴しくて何も言う事はありません。
娘と毎回、食い入る様に見ています。
実写とアニメの境界・・・『悪の華』(人力でGO 2013.04.06)
このアニメで象徴的に使われているのがボードレールの詩集『悪の華』の表紙です。

目玉の付いた毛むくじゃらな花のイメージは、
このアニメの雰囲気を決定つけています。
ところで、主人公が愛読しているのは堀口大學が翻訳したものです。
はたしてこの本の表紙が、アニメと同じなのか気になったので調べてみました。
詩人でフランス文学家の堀口大學が『悪の華』を全訳したのは1950年以降。
新潮文庫の表紙をネットで見つける事が出来ます。

こちらが多分古い版、
この表紙は・・・・

こちらがアマゾンでも売られているので、多分改訂版。
エドヴァルト・ムンクの「マドンナ」ですね。
どうやら、アニメで使用されている表紙はアニメのオリジナルの様です。
■ オディロン・ルドンですよね ■
では、アニメのあの毛むくじゃらの花は何かと言えば・・・


ズバリ、1840年生まれのフランスの象徴派の画家、オディロン・ルドンです。
なんと、非常に幸運な事に妻が新宿の東郷美術館で開催中の
オディロン・ルドン展のチケットを2枚もらってきました。
何と言うタイミングでしょう。
早速、昨日、打ち合わせの合間に出かけて来ました。
ルドンと言えば、私が会社に入った1980年代後半から日本でも人気の出た画家です。
岐阜県立美術館が、立派なコレクションを持っています。
ルドンは印象派と同時代のフランスの画家ですが、
光と色彩に溢れる印象派の画家たちとは、全く違う道を歩みます。
ボルドーの比較的裕福な家庭の次男として生まれたルドンは、
小さな頃から病弱で、絵画と音楽が好きな子供でした。
父の進めで、建築家を志してパリに出ますが、この夢は実現しませんでした。
ルドンは、当時パリで勃興していた新しい美術活動の影響を強く受けますが、
一方で、精緻な風景画家を目指し、故郷の風景を木炭でスケッチしまくります。
彼が師事したのは、銅版画家ロドルフ・ブレダンでしたが、
彼は銅版画を用いて、聖書の中などの逸話を幻想的に描く異色の作家でした。

ブレダンの影響を受けたルドンは、次第に単なる風景画から、
幻想的な心象風景を、白黒で描く作家へと変貌して行きます。
■ 世紀末と象徴派 ■
同時期の絵画運動の中に象徴派という一派が居ます。
絵画のみならず、詩や音楽をも巻き込んだムーブメントで、
フランスとベルギーの象徴派、そしてイギリスのラファエル前派がこの流れを汲みます。
当時は産業革命の進行による市民社会が発達する一方で、
それに相反する形で、スピリチャルな非現実的な物への憧憬が生まれていました。
19世紀末という、「世紀末的気配」にも影響され、
神々や神話の世界をモチーフに、詩人のマラメルやボードレール、
作曲家ではドビシー、画家ではギュスターヴ・モローらが活躍します。
ヨーロッパの近代化に貢献したのは、科学的視点でした。
絵画などでは、現実的に対照を描く自然主義として発現します。
しかし、象徴派の作家達は、好んで神話をモチーフにするなど、
不可視の世界、イマージの世界に没入します。
『悪の華』の詩人ボードレール、『アッシャー家の崩壊』のエドガー・アラン・ポーなど
現代の文化に大きな影響を与えたとも言えます。
■ 初期の作品で既にルドンらしさは完成している ■
ルドンが初の石版画集『夢の中で』の刊行が1979年で39歳の時。
極々少数うの部数だけ発行されたので、買ったのは知人や親族だけだったと言います。


この作品は、神話を題材にするというよりも、
ルドンの頭の中のイメージを具象化したものです。
そういった意味においては、ルドンは他の象徴派とは一線を画する作家です。
むしろ、非常に現代的なアプローチであり、後世に与えた影響も小さくはありません。
この、黒々とした「おどろおどろしい世界観」は、
ブリューゲルなどにも通じるものがあり、
キリスト教の暗黒面に押し込められた人々の情念の様な、
ヨーロッパ独特の精神性が描かせる世界とも言えます。
■ ボードレールやマラメルとの親交 ■
ルドンは詩人のボードレールやマラメルらとも親交があり、
彼らは、お互いの作品からインスパイアされるものがあったのでしょう。
ルドンは『悪の華』という版画集を出版していますが、
こちらは、素描集的作品です。

いずれにしても、アニメ『悪の華』がルドンをモチーフに選んだ事は、
ルドンとボードレールの関係性を考えると、必然的な事だったのかも知れません。
■ 最近の映像作品でこんなにゾクゾクしてのは久し振り、『悪の華』の7話 ■



アニメ『悪の華』の7話は、近年の映像作品でも屈指のシーンを作り出しました。
夜中に学校に忍び込んで、教室をグチャグチャにするシーンですが、
実写をアニメに描き起す「ロトスコープ」は、このシーンの為にあったのかと思う程の
まさに超絶の映像の連続です。
多分、今、このレベルの映像を撮れる作家は、
私には映画監督の園子温くらいしか思い浮びません。
これは、絶対に観ないと損をします。
そして、このシーンの最後、教室の床に墨汁で大きく描かれたのが、
ルドンの目玉・・・・。
天国でルドンがニヤニヤしているのが目に浮びます。